「受験英語」と日本人。英語教育の理想と現実。

「読めるのに話せない」サムネイル

日本人の英語苦手意識は、歴史的・制度的要因に根ざしています。今回の対談では、スタディーハッカー社シニアリサーチャー時吉秀弥氏とスタディーハッカー社が運営する英語コーチング「STRAIL」の英語コンサルタント高橋秀和氏が、明治時代から続く教育政策の影響から最新の脳科学に基づく学習アプローチまで、英語教育の本質に迫ります。

多くの日本人が抱える「なぜ英語が使えるようにならないのか」という疑問に対する答えと、それを克服するための具体的なヒントがここにあります。

明治時代からの歴史的背景

時吉: 日本人の英語苦手意識はどこから来るのかというテーマについて、今日はお話ししていきましょう。じつは政府の政策が大きく関わっているんです。

高橋: 政策ですか? 具体的にはどういったものでしょうか。

時吉: 明治時代に本格的に英語学習が導入されたとき、目的は何だったと思いますか?

高橋: 西洋の進んだ文明や知識を取り入れるためでしょうか。

時吉: その通りです。当時、最も影響力のあった国がイギリスだったので英語を学ぶことになりましたが、外国人と会話することよりも、文献や技術書を読めることが最優先だったんです。当時はラジオもテレビもない時代ですから、聞く・話すスキルよりも読むスキルが重視されたのは自然なことでした。

高橋: なるほど。読解中心の英語教育が始まったわけですね。

時吉: そうです。外交官や軍の高級士官など、実際に海外に行く必要がある人たちは別でしたが、一般の英語教育では読解力養成が中心でした。この方針は戦後も続き、文法訳読形式が主流のままでした。

英語学習の画像

大学入試制度の影響

時吉: 1980年代から90年代になると「コミュニケーション重視」が叫ばれるようになりました。国際化の時代と言われ、ALTも導入されましたが、実際にはあまり変わりませんでした。

高橋: どうして変わらなかったのでしょうか?

時吉: 大きな理由は大学入試制度です。中高生にとって最も現実的な英語学習の目標は大学受験合格ですよね。受験では膨大な文章を読み、内容を理解する能力が問われます。だから学校教育も読解中心になるのは必然なんです。

高橋: たしかに、目標が決まれば教育内容もそれに合わせて設計されますね。

時吉: もう一つ重要なのが「効率性」です。大学入試では公平かつ効率的に採点できることが重要です。読解問題は選択式で採点しやすいですが、リスニングになると機械の不具合などの問題が出てきます。さらに作文やスピーキングとなると採点が複雑になり、人手もお金もかかります。

高橋: たしかに公平性を保ちながら大量の受験者を評価するのは難しいですね。

時吉: これが大学でスピーキングテストが普及しない理由です。そして入試に出ないものは学校でも重視されません。つまり、コミュニケーション英語を本気で普及させたいなら、大学入試にしっかり組み込む必要があるんです。

大学入試のイメージ画像

教育改革の時間差

高橋: 最近の若い受講生を見ていると、リスニングへの抵抗感が減ってきたように感じます。音声系の練習に抵抗がない方が多いですね。

時吉: それは興味深い観察ですね。1980年代半ばにリスニングが大学受験に導入されてから約40年経ちました。教育制度が変わってから実際に効果が現れるまでには、こうした時間差があるんです。

高橋: となると、いまのスピーキング重視の流れが実を結ぶのも、数十年後になりますか?

時吉: そうなる可能性が高いですね。教える側の先生自身が1〜2世代前の教育を受けているので、スピーキングが得意な先生、さらにはスピーキングを効果的に教えられる先生が増えるまでには時間がかかります。

日本の英語教育変遷

効果的な英語学習アプローチ

時吉: では、効果的な英語学習法は何でしょうか。重要なのは、頭のなかで日本語から英語に訳さずに話せるようになることです。

高橋: 日本語の介在をなくすということですね。

時吉: そうです。「Thank you」と言うとき考えませんよね? それと同じように、基本的なパターンやフレーズを体に染み込ませることが大切です。最近の英語教育では教科書を何周も繰り返し、フレーズを徹底的に練習する方法がありますが、これは理にかなっている部分もあります。

高橋: でも文法の理解も必要ですよね。

時吉: おっしゃる通りです。単に繰り返すだけでなく、基本的な理解も必要です。両方のいいとこ取りをするのが理想的です。スピーキングで重要なのは、文の骨格が先に浮かぶことです。

高橋: 文の骨格が先に浮かぶとはどういうことですか?

時吉: 喋れる人は単語から考えるのではなく、文のパターンが先に頭に浮かび、そこに単語をはめ込んでいきます。これは料理で言えば、先に器を用意してから盛り付けるような感じのものです。喋れない人は単語から考えて、それをどう並べるか悩みます。器なしにテーブルに食材をばらまくようなものですね。

高橋: なるほど。ことばを話すにはそういう思考回路が必要ですね。そして、実際に英語がスムーズに話せるようになったと感じるのは、たしかに頭のなかで日本語が介在しなくなったときですね。

英語脳の画像

脳の仕組みと言語学習

時吉: 私はアメリカで1年勉強した経験がありますが、半年ほどで英語で夢を見るようになりました。現地の人と話すときも日本語が出てこなくなることがありました。

高橋: それはどうしてですか?

時吉: 「ミラー細胞」という脳の仕組みが関係しています。これは相手の行動を見ると自分の脳内でも同じ部位が活性化する細胞です。言語も同様で、周囲の言語環境に影響されます。関西の友人と話すと関西弁が出てくるのと同じで、英語環境で毎日英語で話すことを強いられると、英語が優先的に頭に浮かぶようになるんです。

高橋: 環境の影響は大きいですね。

時吉: そうです。だから留学や英語環境での経験は非常に効果的です。頭のなかから日本語が消えて英語だけのモードになると、喋ることへのストレスも減ります。もちろん日本にいても工夫次第で同様の効果を得ることは可能です。

英語環境の画像

小学校英語と教育改革の現状

時吉: 最近では小学校でも英語教育が始まっています。中学・高校ではコミュニケーション重視と言われていますが、文法を学校で勉強しなくなったという声も聞きます。

高橋: ひとつの教科書を時間をかけて繰り返し学ぶスタイルになっていますね。

時吉: そうです。繰り返しによって体に染み込ませる方法は理にかなっていますが、「なぜ言葉がそうなるのか」という理解も大切です。ただ、闇雲に繰り返しても人によって効果は大きく異なります。

高橋: 段階的なアプローチが必要ですね。

時吉: その通りです。単語から熟語、短いフレーズ、文型へと徐々に大きな塊を覚えていく。そして無意識で使える情報の塊を大きくしていくトレーニングが効果的です。

まとめ:英語苦手意識を克服するには

時吉: 日本人の英語苦手意識は明治時代からの教育政策と大学入試制度が大きく影響しています。しかし個人レベルでは、効果的な学習法で克服することは十分可能です。

高橋: 文の骨格を先に覚えて、日本語から英語への翻訳プロセスを減らすことが重要なんですね。

時吉: そうです。また可能であれば英語環境に身を置く経験も有効です。教育制度の変化には時間がかかりますが、個人の学習アプローチはいますぐ変えることができます。

高橋: 今日のお話を聞いて、英語学習への新たな視点が開けました。苦手意識の原因がわかれば、それを克服する道筋も見えてきますね。

時吉: その通りです。日本の英語教育の歴史と脳の仕組みを理解することで、より効果的で楽しい英語学習が可能になります。明治時代から続く「読解中心」の伝統を知り、それを補完する形で会話力を伸ばしていけば、バランスの取れた英語力が身につくでしょう

こちらが対談の動画です。より詳しい内容をご覧いただけます。

【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部

「STUDY HACKER」は、これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディアです。「STUDY SMART」をコンセプトに、2014年のサイトオープン以後、効率的な勉強法 / 記憶に残るノート術 / 脳科学に基づく学習テクニック / 身になる読書術 / 文章術 / 思考法など、勉強・仕事に必要な知識やスキルをより合理的に身につけるためのヒントを、多数紹介しています。運営は、英語パーソナルジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」を手がける株式会社スタディーハッカー。

会社案内・運営事業

  • 株式会社スタディーハッカー

    「STUDY SMART」をコンセプトに、学びをもっと合理的でクールなものにできるよう活動する教育ベンチャー。当サイトをはじめ、英語のパーソナルトレーニング「ENGLISH COMPANY」や、英語の自習型コーチングサービス「STRAIL」を運営。
    >>株式会社スタディーハッカー公式サイト

  • ENGLISH COMPANY

    就活や仕事で英語が必要な方に「わずか90日」という短期間で大幅な英語力アップを提供するサービス。プロのパーソナルトレーナーがマンツーマンで徹底サポートすることで「TOEIC900点突破」「TOEIC400点アップ」などの成果が続出。
    >>ENGLISH COMPANY公式サイト

  • STRAIL

    ENGLISH COMPANYで培ったメソッドを生かして提供している自習型英語学習コンサルティングサービス。専門家による週1回のコンサルティングにより、英語学習の効果と生産性を最大化する。
    >>STRAIL公式サイト