なぜキットカットは、受験生が持ち歩く「お守り」になったのか?【新人さんのためのマーケティング講座 Season3 vol.15】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season3

Season1では基礎概念を、Season2では実務の「壁」の乗り越え方を解説しました。
Season3では、マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】

毎年1月から2月にかけて、キットカットの売上が急増します。

受験シーズンになると、コンビニやスーパーには「合格祈願パッケージ」のキットカットが並び、受験生の親はこぞってそれを買い求める。試験会場には、キットカットをお守りのように持ち歩く受験生の姿が見られます。

しかし、この現象は、ネスレが最初から狙っていたわけではありません。

始まりは、九州の方言「きっと勝つとぉ(きっと勝つよ)」と商品名の響きが似ているという、消費者が見つけた単なる偶然でした。この小さな声を、ネスレはどのようにして「20年以上続く文化」に育て上げたのでしょうか。

「偶然のダジャレ」を見逃さなかった

2000年代初頭、九州地方で面白い現象が起きていました。

受験生の間で、「キットカットを持っていると合格できる」という噂が広まっていたのです。理由は単純。「キットカット」と「きっと勝つとぉ」の音が似ているから。

普通の企業なら、これを「ただのダジャレ」「一過性のブーム」として見過ごしていたかもしれません。しかし、ネスレはこの小さな火種を大切に育てることを選びました。

 

消費者が自然発生的に見つけた「意味」を、企業が丁寧に拾い上げる。
これが、最強のブランディングの起点になる。

パッケージの裏にメッセージを書けるスペースを設け、「合格祈願」デザインの限定パッケージを発売。郵便局と提携して「キットメール」という、受験生に届けられるキットカットを展開。こうして、単なる「チョコレート菓子」は「合格祈願のお守り」へとリフレーミング(再定義)されていったのです。

「想起のスイッチ」を特定のイベントに仕込む

この事例の本質は、「想起(リコール)」の設計にあります。

「チョコレートが食べたい」と思ったとき、消費者の頭には無数の選択肢が浮かびます。明治、ロッテ、森永、グリコ……。この激戦区で勝負するのは、非常に消耗する戦いです。

しかし、キットカットは違う土俵を選びました。「絶対に負けられない戦い(受験)がある時に思い出されるブランド」というポジションです。

想起のトリガー 競合状況
「チョコが食べたい」 激戦区。多数のブランドと競合
「受験に勝ちたい」 ほぼ独占。キットカット一択

「チョコが食べたいとき」ではなく、「大切な人を応援したいとき」「勝負に臨むとき」に思い出される。この想起のスイッチを特定のイベントに仕込んだことが、キットカットの成功の核心なのです。

ブランド・アソシエーション——芋づる式に思い出される

この現象を、マーケティングでは「ブランド・アソシエーション(Brand Association)」と呼びます。

ある言葉や情景から、特定のブランドが芋づる式に思い出される心理的ネットワークのことです。

「受験」と聞いて、何を思い浮かべますか。勉強、徹夜、参考書——そして、キットカット。この連想が自然に浮かぶようになれば、ブランドは消費者の頭のなかに「居場所」を確保したことになります。

ブランド アソシエーション
キットカット 受験、合格祈願、応援
レッドブル エクストリームスポーツ、挑戦
ティファニー プロポーズ、特別な瞬間

強いブランドは、特定の「瞬間」や「感情」と結びついています。機能的な価値(味や価格)を超えた、感情的な結びつきが、競合他社を寄せ付けない参入障壁になるのです。

儀式化——「これをすれば安心」という心の安寧

もうひとつ、重要な心理メカニズムがあります。

「儀式化(Ritualization)」——単なる消費行動を、「これをすれば安心だ」という心の安寧を得るための儀式に組み込む心理です。

受験前にカツ丼を食べる。お守りを買う。そして、キットカットを持ち歩く。これらは、合理的に考えれば合格とは無関係です。しかし、「やっておくと安心する」という心理的価値があります。

 

「儀式」に組み込まれたブランドは、代替されない。
それは、商品ではなく「行為」の一部になっているからだ。

キットカットは、「受験という儀式」の一部になりました。パッケージの裏にメッセージを書いて渡すという行為は、単なる購買ではなく「応援のコミュニケーション」です。この儀式化こそが、20年以上続く強固なポジションを支えているのです。

「想定外の使われ方」に耳を澄ませる

この事例から学べることを、今日からの実務に活かしてみましょう。

あなたの商品やサービスは、顧客から「想定外の目的」で使われていませんか。

本来の用途とは違う形で愛用されている。開発者が意図しなかった理由で選ばれている。こうした「現場の声」のなかに、ブランドを大きく成長させるヒントが眠っていることがあります。

キットカットの成功は、九州の消費者が見つけた「きっと勝つとぉ」という偶然から始まりました。ネスレがこの小さな声を無視していたら、いまの「受験のお守り」というポジションは存在しなかったでしょう。

 

「スペック」を磨くのと同じくらい、
「どんなときに思い出されるか」をデザインすることが重要である。

偶然の火種を、組織一丸となって「文化」にまで育て上げる。この粘り強さこそが、最強のブランディングなのです。

 

【本記事のまとめ】

1. 消費者発の偶然を拾い上げる
「きっと勝つとぉ」という偶然のダジャレを、企業が丁寧に育てたことが成功の起点。

2. 想起のスイッチを設計する
「チョコが食べたいとき」ではなく「勝負に臨むとき」に思い出されるポジションを確立。

3. ブランド・アソシエーション
特定の言葉や情景から芋づる式に思い出される、心理的ネットワークを構築する。

4. 儀式化の力
受験という儀式の一部に組み込まれることで、代替されないブランドになった。

5. 感情的結びつきが参入障壁になる
機能的価値を超えた感情的なつながりが、競合を寄せ付けない。

6. 現場の声に耳を澄ませる
想定外の使われ方のなかに、ブランドを成長させるヒントが眠っている。

よくある質問(FAQ)

自社にも「偶然の火種」を見つけるには、どうすればいいですか?

SNSでの言及、カスタマーサポートへの問い合わせ、営業担当のフィードバックなど、顧客の「生の声」を丁寧に拾うことが第一歩です。「なぜこの商品を選んだのか」「どんな場面で使っているのか」を聞くと、意外な発見があることが多いです。

小さい会社でも、ブランド・アソシエーションを作れますか?

作れます。むしろ、小さい会社の方が特定のニッチに絞りやすいという強みがあります。「〇〇といえばこの会社」という連想を、ひとつでも作ることを目指してください。広く浅くではなく、狭く深く。それがブランド構築の近道です。

「儀式化」を狙ってできるものですか?

狙うことはできますが、押し付けはできません。キットカットも、消費者が自発的に始めた行動を企業が後押ししたからこそ定着しました。「こう使ってほしい」と企業が一方的に提案しても、儀式にはなりにくい。顧客が自然と繰り返したくなる体験を設計することが重要です。

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season3

マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

Season 2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル

【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010 / 著書(amazon)

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