
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
Season1では基礎概念を、Season2では実務の「壁」の乗り越え方を解説しました。
Season3では、マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】
Amazonを開いた瞬間、不思議な体験をしたことはありませんか。
昨日ふと考えていた商品が「おすすめ」に並んでいる。自分の好みにぴったりの本が、まるで待っていたかのように表示される。検索する前に、欲しいものが見つかっている——。
「この商品を買った人はこんな商品も買っています」という表示の裏側には、「協調フィルタリング」と呼ばれる技術があります。しかし今回は、技術の話は脇に置きましょう。
注目したいのは、ユーザーが感じる「自分のことをわかってくれている」という感覚です。なぜAmazonのレコメンドは、これほど的確に私たちの欲しいものを言い当てるのでしょうか。
- 「選ぶ苦労」を肩代わりする価値
- レコメンドは「意思決定のコンサルティング」である
- 確証バイアス——「やっぱり私はこれが好き」の心理
- セレンディピティの擬態——「偶然の出会い」は設計されている
- 「お客様が探してくれる」のを待っていないか
- よくある質問(FAQ)
「選ぶ苦労」を肩代わりする価値
現代の消費者は、膨大な選択肢に囲まれています。
Amazonだけでも数億点の商品。Netflix には数千本の映画とドラマ。Spotify には1億曲以上の楽曲。選択肢は無限にあるように見えますが、私たちの時間は有限です。
ここで重要なのが「タイパ(タイムパフォーマンス)」という概念です。現代人は、選ぶ時間そのものをコストだと感じています。膨大な選択肢から自力で探す「探索コスト」を、できれば払いたくないのです。
「選ぶ時間」を短縮してくれるサービスが、選ばれる時代。
「あなたが欲しかったのは、これですよね?」——Amazonがそう提示してくれた瞬間、私たちは「自分で探すストレス」から解放されます。そして、購買の意思決定スピードは劇的に上がるのです。

レコメンドは「意思決定のコンサルティング」である
Amazonのレコメンド機能を、単なる「販促ツール」だと考えていませんか。
もちろん、売上を上げるための仕組みではあります。しかし、本質はもっと深いところにあります。レコメンドとは、顧客の「意思決定のコンサルティング」なのです。
考えてみてください。優秀なコンサルタントは、クライアントの状況を深く理解し、膨大な選択肢の中から「あなたにはこれがベストです」と提案します。Amazonのレコメンドも、まったく同じことをしているのです。
| アプローチ | 顧客の負担 | 成約率 |
|---|---|---|
| 「全商品をご覧ください」 | 高い(探索コスト大) | 低い |
| 「あなたにはこれがおすすめ」 | 低い(選択肢が絞られる) | 高い |
過去の購買履歴、閲覧履歴、似たユーザーの行動パターン——これらのデータを総合して、「あなたが次に欲しくなるもの」を予測している。これは、データに基づいた「先回りの提案」なのです。
確証バイアス——「やっぱり私はこれが好き」の心理
Amazonのレコメンドが的中すると、私たちはどう感じるでしょうか。
「やっぱり私は、こういうものが好きなんだ」——そう思いませんか。
これは「確証バイアス」と呼ばれる心理現象です。人は、自分の考えや好みを裏付ける情報ばかりを無意識に集め、重視する傾向があります。
Amazonのレコメンドが自分の好みに合致すると、「自分の趣味は正しい」「自分のセンスは間違っていない」という自己肯定感が高まります。そして、その肯定感は購買意欲を増幅させるのです。
レコメンドは、商品を売っているのではない。
「あなたの好みは正しい」という肯定を売っている。
自分のアイデンティティを肯定してくれる場所に、人はリピートします。「Amazonは私のことをわかってくれている」——この感覚が、LTV(顧客生涯価値)を高めているのです。

セレンディピティの擬態——「偶然の出会い」は設計されている
もうひとつ、興味深い心理メカニズムがあります。
Amazonでおすすめされた商品を買ったとき、「たまたまよいものに出会えた」と感じたことはありませんか。
実際には、膨大なデータに基づいた「必然」の結果です。しかし、ユーザーはそれを「セレンディピティ(偶然の幸運)」として体験します。
この「偶然の出会い」という演出が、購買体験を特別なものにしています。「自分で見つけた」という感覚が残るため、押し売りされた印象がない。むしろ、「運命の出会い」のように感じるのです。
| 実態 | ユーザーの認識 |
|---|---|
| データに基づく必然 | 「偶然、よいものに出会えた」 |
| アルゴリズムによる提案 | 「自分で発見した」 |
優秀なレコメンドは、「売り込み」ではなく「発見の手助け」として機能する。この違いが、顧客体験を根本から変えているのです。
「お客様が探してくれる」のを待っていないか
この事例から学べることを、今日からの実務に活かしてみましょう。
新人マーケターがよく陥る姿勢があります。「お客様が探してくれる」のを待っているという姿勢です。
Webサイトを作って、商品を並べて、あとはお客様が見つけてくれるのを待つ。しかし、これは顧客に「探索コスト」を押し付けているのと同じです。
Amazonが教えてくれるのは、「先回りして提案する」というホスピタリティの重要性です。顧客の過去の行動や属性から、「次に欲しくなるもの」を予測し、こちらから提示する。この「プッシュ型の優しさ」が、成約率を大きく左右します。
「相手の好みを把握し、選択肢を絞って提示する」
——これが、成約率を上げる最短ルートである。
デジタルでもアナログでも、原理は同じです。商談でも、接客でも、メールでも、「あなたにはこれがおすすめです」と言い切れるか。それが、顧客の意思決定を助け、信頼を勝ち取る道なのです。

【本記事のまとめ】
1. 探索コストの軽減
現代の消費者は「選ぶ時間」をコストと感じている。選択肢を絞って提示することが価値になる。
2. 意思決定のコンサルティング
レコメンドは販促ではなく、顧客の意思決定を助ける「先回りの提案」である。
3. 確証バイアスの活用
好みに合った提案は「自分のセンスは正しい」という自己肯定感を高め、購買意欲を増幅する。
4. セレンディピティの演出
データに基づく「必然」を、「偶然の出会い」として体験させることで、押し売り感をなくす。
5. アイデンティティの肯定がLTVを高める
「自分のことをわかってくれている」という感覚が、リピートと顧客生涯価値の向上につながる。
6. プッシュ型の優しさ
「お客様が探してくれる」のを待つのではなく、先回りして提案する姿勢が成約率を上げる。
よくある質問(FAQ)
データがない段階では、レコメンドは難しいのでは?
初期段階では、業界の一般的なトレンドや人気商品をベースにした「ベストセラー型」のレコメンドが有効です。データが蓄積されるにつれて、パーソナライズの精度を上げていく——この段階的なアプローチが現実的です。
BtoBでも「おすすめ」は有効ですか?
非常に有効です。「御社と同規模の企業は、このプランを選ばれています」「この課題をお持ちの企業には、このオプションが人気です」——こうした提案は、BtoBの担当者にとっても「選ぶ負担」を軽減してくれます。
レコメンドが外れ続けると、逆効果になりませんか?
なります。的外れなレコメンドは「この会社は私のことをわかっていない」という印象を与えます。だからこそ、データの質と分析の精度が重要です。最初は「絶対に外さない」安全な提案から始め、徐々にパーソナライズを深めていくのが賢明です。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
- 第1回:ルブタンの靴底はなぜ赤く、Appleのイヤフォンはなぜ白いのか?
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- 第11回:なぜAmazonは「欲しいもの」を言い当てるのか?(本記事)
- 第12回:近日公開
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season 2【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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/ 著書(amazon)