「上司の顔がなんだか険しい。もしかして、報告内容に怒ってる?」
「同僚の返事が素っ気なかった……きっと、嫌われてるんだ」
こんなふうに、相手の言葉や態度から「心のなか」を勝手に読み取って、不安やモヤモヤを抱えてしまった経験はありませんか?
「そんなときは単純に、相手に確認すればいいんじゃない?」
――はい、正解です。でも、私たちはそれを実際にできているのでしょうか……?
じつはこの「わかっているけどできない」という状態こそが、多くの人間関係のすれ違いを生んでいるのです。
この記事では、以下の内容をわかりやすくご紹介しています。ぜひご一読ください。
📌 確認できない心理的ハードルを乗り越える方法
📌 ビジネス現場ですぐに使える確認フレーズの実例
なぜ人は「勝手に推測」してしまうのか
まず根本的な部分から考えてみましょう。私たちはなぜ相手の気持ちを「勝手に読む」のでしょうか?
それは「心の理論(Theory of Mind)」という能力をもっているからです。心の理論とは、他者の心の状態を推測する能力のこと。
教育心理学や発達心理学などが専門の小沢日美子氏(同朋大学教授)は、このように説明しています。
心の理論とは、以下を指し、
幼い時期にめざましく発達すると考えられている。*1
この能力があるからこそ、相手の立場や気持ちを汲み取り、協力関係を築くことができるのです。
「わかっているのに確認できない」4つの理由
では、なぜ私たちは「確認すればいい」とわかっていながら、実際には確認できないのでしょうか? その心理的障壁には、以下の4つがあります。
1. 「空気を読む」文化の重圧
日本では特に「空気を読む」ことが重視される文化があります。「わざわざ聞くなんて空気が読めない人だと思われるのでは?」という恐れが、確認する行動を抑制してしまいます。
2. 拒絶される恐怖
「確認したら関係が悪化するのでは?」という不安も大きな障壁です。特に、もともと自信がない人ほど、相手からの拒絶を過度に恐れる傾向があります。
3. 「わかっているはず」という思い込み
「こんなこと、聞かなくてもわかるはず」という思い込みも確認を妨げます。特に長い付き合いの関係ほど、この思い込みが強くなりがちです。
4. 確認の仕方がわからない
単純に、「どのような言葉で確認すればいいのか」というノウハウを持っていないことも、実践できない大きな理由です。
確認する勇気が人間関係を救う
心理学者の Marcia Reynolds 氏(マスター認定コーチ・組織心理学博士)は、思い込みを捨て、質問を重ねることの重要性を伝え、次のように述べています。
(好奇心を持ち続け、相手が何を考え、何を望んでいるのかを確かめましょう。相手は、自分が見守られ、耳を傾けられ、大切にされていると感じるでしょう)
興味深いのは、確認する行為は弱さの表れではなく、むしろ関係性を深める強さの表れだということです。確認することで、相手は「自分の気持ちを大切にしてくれている」と感じるのです。
誰でも使える! 確認のための「4ステップフレーズ」
では、具体的にどのように確認すればよいのでしょうか? ここでは、誰でも使える「確認フレーズの基本形」をご紹介します。
この「4ステップフレーズ」を使えば、相手を不快にさせることなく、確認することができます。さっそく実践例を見てみましょう。
🟣《実践例:1》上司に報告したら無表情のまま沈黙
ありがちな誤解と 現実 |
「……怒ってる? 報告内容がマズかったのかも……」 |
---|---|
なぜ確認しにくいか |
・上司に「不満」を尋ねるのは勇気がいる |
4ステップフレーズ |
①配慮:「すみません、いま話しかけても大丈夫ですか?」(承諾を得て) ②確認:「ご報告内容に、何か補足すべき点はございますでしょうか?」 ③素直さ:「じつは、不備があったのではないかと、少し不安になり、お伺いしました…!」 ④提案:「気になる点などあれば、ぜひ教えてください。すぐに補足いたします。」 |
上司の返答例 | 「え? ああ、大丈夫だよ。内容は問題なし。これに関わるほか案件のことを考えてた」 |
🟠《実践例:2》同僚に手伝ってほしいと頼んだら断られた
ありがちな誤解と 現実 |
「迷惑だったかも……冷たく断られたし、嫌われたのかな?」 ⇒じつはたまたま立て込んでいて、気持ちに余裕がなかっただけ。 |
---|---|
なぜ確認しにくいか |
・「しつこい」と思われそう |
4ステップフレーズ |
①配慮:「いま大丈夫?」(承諾を得て) ②確認:「さっきは急にお願いしてしまってごめんね。」 ③素直さ:「ものすごく忙しいときに、不快にさせたんじゃないかと思って。まずはちょっと謝りたくて……。」 ④提案:「大変そうだね。私に手伝えることがあったら、いつでも言ってね」 |
相手の返答例 | 「いやいや、とんでもない! さっきはたまたま立て込んでいただけ。こちらこそゴメン。でも、そう言ってもらえると助かる。お互いに助け合おう」 |
「確認する勇気」が関係性を変える
「確認すればいい」とわかっていながらも、実際には様々な心理的ハードルが存在します。しかし、この4ステップフレーズを使うことで、そのハードルを少しずつ乗り越えていくことができるでしょう。
心理学者の山口裕幸氏(京都橘大学 総合心理学部教授・九州大学教育学部教授)はこのように述べています。
人は、他者と円滑な関係を築いていくために、進化の過程で
を身につけてきた。*2
しかし、その推察は常に正確とは限りません。だからこそ、「確認する勇気」が大切なのです。
確認することで得られるメリットは計り知れません:
- 不要な不安や誤解がなくなる
- 相手との信頼関係が深まる
- 「思い込み」によるストレスが減少する
- より効率的なコミュニケーションが可能になる
***
「そりゃ確認すればいいんだけど……」
そう思いながらも一歩を踏み出せなかった方々へ。今日から、この4ステップフレーズを使って、ぜひ「確認する勇気」をもってみてください。その小さな一歩が、よりよい人間関係への第一歩となるはずです。
*1: 小沢日美子著(2022),「他者の心的状態を推論する『心の理論』の2つのシステム」,同朋大学社会福祉学部,同朋福祉,第29号,pp112-126.(研究ノート)
*2: オージス総研|第36回 他者の心を正しく読むことができるか
*3: Covisioning|How to Overcome the Annoying Assumption of Knowing
上川万葉
法学部を卒業後、大学院でヨーロッパ近現代史を研究。ドイツ語・チェコ語の学習経験がある。司書と学芸員の資格をもち、大学図書館で10年以上勤務した。特にリサーチや書籍紹介を得意としており、勉強法や働き方にまつわる記事を多く執筆している。