なぜ人は誘惑に負けるのか? 「明日やればいいか」を防ぐ「if-then」形式の力

「明日やればいいか」を防ぐ「if-then」形式の力についてお話くださる外山美樹先生

なんらかのタスクを「やる」と決めたのに、実際に行動に移せる人もいればそうでない人もいます。両者を分ける要因はどこにあるのでしょうか。著書『すぐやる人の頭の中 心理学で先延ばしをなくす』(ダイヤモンド社)を上梓した、教育心理学を専門とする筑波大学人間系教授の外山美樹先生は、「実行意図」というものの有無を重要なポイントに挙げます。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹

【プロフィール】
外山美樹(とやま・みき)
1973年生まれ、宮崎県出身。筑波大学大学院博士課程心理学研究科中退。博士(心理学)。筑波大学人間系教授。専門は教育心理学。著書に『勉強する気はなぜ起こらないのか』(筑摩書房)、『行動を起こし、持続する力――モチベーションの心理学』(新曜社)、『実力発揮メソッド――パフォーマンスの心理学』(講談社)、共著に『やさしい発達と学習』(有斐閣)、『ワードマップ ポジティブマインド』(新曜社)などがある。

「やる」と決めたのに行動できない要因

「『やる』と決めたのに実際には行動できない」という現象を、心理学においては「意図と行動のギャップ」と呼びます。その要因には、主に以下のようなものが挙げられます。

  1. 「自制心」の枯渇
  2. 習慣の影響
  3. 誘惑の存在
  4. 「実行意図(なにをどうやるか)」の欠如

ひとつは、「目先の誘惑に抗って長期的な目標を優先する力」を意味する「自制心」の枯渇です。自制心は「有限」という特性をもっていますから、これが枯渇することで、「今日はもう疲れた」「明日やればいいか」といったかたちで行動を止めてしまう原因になるのです(『先延ばし癖を克服する「すぐやる人の頭の中」。やる気を “待っている” と失敗します!』参照)。

また、「習慣」の影響も非常に強力なものです。私たちの行動の多くは、無意識の習慣によって支配されています。そのため、普段から帰宅後はすぐソファに寝転がってテレビやスマホを見る習慣がついている人なら、「今日は帰宅したら勉強する」と決めていてもそうできないことも多いのです。

そのテレビやスマホもそうですが、「誘惑」の存在も、意図と行動のギャップを引き起こす要因となりえます。私たちは、自分の意志よりも、目の前にある選択肢や環境の刺激に強く影響されます。SNSやゲーム、お菓子など、当人が強い興味をもっているものが視界に入ると、それだけでやる気が消し飛んでしまうのです。

「やる」と決めたのに行動できない要因について語る外山美樹先生

行動を引き起こすための鍵は「実行意図」にあり

そして、大きなポイントとなるのが、最後に挙げた「実行意図」の欠如です。実行意図とセットで語られることの多いものに「目標意図」がありますが、これは、たとえば「運動する」「勉強する」「痩せる」といった目標そのもののことです。

一方の実行意図とは、「『いつ、どこで、なにをするか』を『if-then』形式(〇〇したら△△する)で事前に決める心理的作戦」を意味します。この実行意図が、行動を引き起こすものとしてとても有効だということが、数多くの研究で示されています。

こう言うと、先に例に挙げた「『帰宅したら勉強する』だって、『〇〇したら△△する』になっているのでは?」と思った人もいるかもしれません。しかし、そのような状態のままでは大きな効果は期待できません。実行意図の設定には、いくつかのポイントがあるからです。

まず、「if(条件)」の設定について解説しましょう。そのポイントは、「具体的でよく起こる状況」にすることです。「朝9時になったら」「会議が終わったら」「昼休みのあとデスクに戻ったら」など具体的な時間や場所、状況を示すもの、あるいは「イライラしたら」「疲れを感じたら」「メールを開いたら」など明確な行動や感情が起きたときなどがこれに該当します。

対して、「やる気が出たら」「時間ができたら」などは、抽象的でいつ起こるのか不明瞭なものですから、好ましくない条件と言えるでしょう。

続いて、「then(行動)」を設定するポイントは、「すぐに実行可能で具体的な小さなステップにする」ということです。「勉強する」も実行可能な行動ですが、具体的な小さなステップにはなっていません。

時間的、あるいは物理的にすぐに実行できる小さな行動にまで分解し、たとえば「英語学習のワークブックを開く」、それができたら「まず1問だけ解いてみる」というようなかたちが望ましいと言えます。

スモールステップのイメージ

「あれもこれもやりたい」と欲張らない

そのように設定した「if-then」形式のプランは、頭のなかで何度か唱えるだけでも有効なのですが、メモにするなどしていつも目につくようにしておくとなお理想的です。これは、「if」の状況になったにもかかわらず、それがトリガーだということを忘れてしまうことを防ぐためです。

たとえば、運動を習慣化するために「朝起きたらトレーニングウェアに着替える」と決めたのなら、ベッド脇のサイドテーブルにそのメモを貼るといった具合です。ダイエット中の人なら、「冷蔵庫の前に来たら『本当に食べないといけない?』と自問する」といったメモを冷蔵庫に貼っておいてもいいでしょう。

それから、「欲張らない」というのもまた、「if-then」形式のプランを実践するための大切なポイントに挙げられます。経験がある人も多いと思いますが、なにか新しいことを始めようとやる気になっているときには、「あれもやりたい」「これもやりたい」と欲張ってしまいがちです。でも、習慣化は簡単なものではありませんから、「あれもこれもできなかった」「じゃあもういいや」と投げ出してしまうのです。

ですから、「朝起きたらトレーニングウェアに着替える」「トレーニングウェアに着替えたらストレッチをする」「ストレッチをしたら筋トレをする」のように欲張るのではなく、まずは「朝起きたらトレーニングウェアに着替える」ことだけに取り組みましょう。

そうして毎日同じ条件で同じ行動を繰り返すことにより、それこそ「朝起きたら顔を洗う」くらいの感覚で、意志に頼らずに行動できる習慣が形成されていきます。そうしてようやく「トレーニングウェアに着替えたらストレッチをする」の習慣形成に進むというように、ひとつずつ着実に取り組んでいくことを心がけてください。気づいたときには、きっと「やりたいこと、やるべきことをきちんとやれる自分」に変わることができているはずです。

「明日やればいいか」を防ぐ「if-then」形式の力についてお話くださった外山美樹先生

【外山美樹先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
先延ばし癖を克服する「すぐやる人の頭の中」。やる気を “待っている” と失敗します!
「三日坊主で終わる人」と「誘惑に負けず継続できる人」──習慣の違いは意志の強さではなかった(※近日公開)

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)

1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。

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