「ワークライフバランスという言葉を捨てます」
2025年10月4日、自民党の新総裁に選出された高市早苗氏のこの発言が、大きな波紋を呼んでいます。過労死遺族からは懸念の声が上がり、SNSでは「時代に逆行している」「昭和の根性論だ」という批判の声が上がっています。一方で「よく言った」「働く自由を取り戻せ」と賛同する声も少なくありません。
しかし、この議論には重要な視点が欠けているのではないでしょうか?
「仕事を減らして休む時間を増やす」vs「もっと働くべきだ」――この対立構造そのものが、ワークライフバランスの本質を見誤らせているのかもしれません。
この記事は発言の是非を論じるものではなく、私たちひとりひとりが「働くこと」と「生きること」の関係を見つめ直すきっかけとして、余暇を味方につけて自分を進化させるヒントをお伝えします。ワークとライフを「対立」ではなく「統合」としてとらえる新しい視点をご紹介しましょう。
- ワークライフバランスの誤解――対立ではなく補完
- 成長実感がもてない本当の理由
- 「レジャークラフティング」が示す新しい可能性
- 「仕事のため」と思わなくていい――偶発性の力
- 余暇をデザインする3ステップ
- やってみた感想
- 真のワークライフバランスとは
ワークライフバランスの誤解――対立ではなく補完
ワークライフバランスという言葉は、いつの間にか「仕事 vs 余暇」という対立構造で語られるようになりました。
- ワーク=つらいもの、減らすべきもの
- ライフ=楽しいもの、増やすべきもの
こんな二項対立で捉えていませんか?
でも考えてみてください。ビル・ゲイツ氏は年2回、1週間ずつの「Think Week(考える週)」を設け、大量の本を読み、思考を深めます。ピックルボールというスポーツも楽しんでいます。毎日経営資料だけを読んでいるわけではありません。
イーロン・マスク氏は多忙ななかでも家族との時間を設けており、ジェフ・ベゾス氏は十分な睡眠時間を確保することで知られています。
彼らは「仕事を減らして休んでいる」のでしょうか?
いいえ、違います。読書や運動、家族との時間といった活動が、思考の質を高め、判断力を研ぎ澄まし、結果的に仕事のパフォーマンスを最大化しているのです。
仕事とは直接関係しない本を読む、運動をする、家族や友人と過ごす――こうした活動が新たな視点を生み、チャンスを素早くつかむための気力を養います。ワークとライフは対立するものではなく、相互補完的な関係にあるのです。
ところが現実には、仕事でも充実感がなく、余暇も単なる疲労回復の時間になってしまっている――そんな悪循環に陥っている人が少なくありません。
成長実感がもてない本当の理由
では、なぜ多くの人が仕事でも余暇でも充実感を得られない悪循環に陥ってしまうのでしょうか。
エン・ジャパン株式会社が2024年に実施したアンケート調査では、20代・30代のビジネスパーソンの3人に1人が「仕事を通じた成長実感がない」と感じていることが明らかになりました。*1
その原因は、自分に新たな刺激を与える機会が不足していることにあると考えられます。
なぜならば、そのアンケート調査で「成長実感が『ある』と答えた人たち」が実感したのは以下のタイミングだから。*1
- 「以前より難しい仕事をやり遂げた時」
- 「困難を乗り越えた時」
これは成長の実感が、「負荷のかかる挑戦や壁を乗り越える経験」のなかにこそ生まれることを示しています。慣れた仕事を効率的にこなすだけでは、成長の芽が育たないのです。
組織・人事コンサルタントの村山昇氏(キャリア・ポートレートコンサルティング代表)も次のように指摘しています。*2
とはいえ、日々の業務のなかで常に新しい挑戦を求めるのは現実的ではありません。
だからこそ注目したいのが、「余暇」の過ごし方です。
「レジャークラフティング」が示す新しい可能性
近年、ワークライフバランスの概念を根本から問い直す研究が注目されています。
それが「レジャークラフティング(Leisure Crafting)」という考え方です。
ただリラックスするのではなく、余暇に「どう取り組むか」に意識を向けるアプローチです。いま楽しんでいる活動を意図的に組み立て、成長につなげることがポイントになります。
具体的には、
- 個人の目標設定に役立つこと
- 人とのつながりを育むこと
- 新たなスキルや知識を得ること
――などの要素を盛り込みます。
たとえばランニング好きならマラソンチャレンジや仲間との練習会、映画好きなら名作リストを体系的に観てレビューを書く、サッカー好きなら戦術分析やチーム戦略について学ぶ、といった具合です。*3
言うなれば、「成長を意識してデザインする有意義な余暇」といったところでしょうか。
そして、その効果は想像以上なのです。
リッチモンド大学の経営学助教授 Alexander B. Hamrick 氏らの研究によれば、レジャークラフティングを実践する人は、そうでない人に比べてエネルギーレベルが高く、気分も前向きで、全体的な幸福度が高かったといいます。
それだけでなく、レジャークラフティングに取り組む人は、仕事へのエンゲージメントや、仕事の創造性およびパフォーマンスも高いことがわかっています。なおかつ仕事から「より大きな意義を感じている」とも報告されています。*3
つまり、余暇を戦略的にデザインすることで、仕事のパフォーマンスが向上し、人生全体の充実度が高まるのです。
これこそが、ワークとライフの「対立」ではなく「統合」です。
「仕事のため」と思わなくていい――偶発性の力
ここで重要なのは、「余暇を仕事に役立てよう」と強く意識する必要はないということです。むしろ余暇を純粋に楽しむことで、予期せず仕事につながる偶発性が生まれる。それこそが創造性の源泉になります。
スティーブ・ジョブズ氏が語った「コネクティング・ザ・ドッツ(点と点をつなぐ)」という考え方を思い出してください。彼が大学で学んだカリグラフィー(美しい文字を書く技術)は、当時は何の役にも立たないように見えました。しかし後年、Macintoshのフォントデザインという形で、その経験が活きたのです。
仕事とは関係ない分野での経験や知識が、思わぬかたちでブレークスルーを生む――これが、余暇を戦略的にデザインしながらも、「仕事のため」と強く意識しすぎないほうがいい理由です。
余暇をデザインする3ステップ
ではここから、レジャークラフティングを取り入れた余暇の具体例をご紹介します。まずは、骨組みとなる3ステップをまとめてみました。
骨組みとなる3ステップ
- Step1 : 活動を選ぶ
- Step2 : 具体的な目標を設定する
- Step3 : 行動や気づきを記録する
3ステップをやってみた
上記の骨組みとなる3ステップを実際の行動に落とし込み、実践していきます。
週末の午前中に近所の公園や川沿いを1時間ウォーキング
→ 自然の景色を眺めながら自分の考えをまとめられる時間が心地よく、気持ちが切り替わると実感。飽きずに続けやすいルートをいくつか設定した。
「1か月で合計50km歩く」という数字の目標を立てる。
→ 5km歩くごとにお気に入りのカフェで読書すると決め、小さなご褒美ルールを設定してモチベーションを維持。
歩いた距離はスマホアプリで記録。毎週末の夜には「今週歩いた距離・気づいたこと・気分の変化」を手帳に簡単にメモする。
→ 雨の日や外出ができなかった週は、自宅でストレッチや階段昇降を実施することで、柔軟に行動を調整。
やってみた感想
このウォーキング習慣を始めて感じた最大の変化は、「自分が少しずつ前に進んでいる」という成長感でした。
自然のなかを歩きながら考えを整理するうちに、日々の小さな気づきをまとめられるようになり、仕事でもアイデア出しや課題整理がスムーズになりました。
また、数字目標を設けたことで「昨日より今日できた」という達成感も得られました。
そして、カフェでの読書タイムを加えることで「体を動かす→頭を整理する→新しい知識を得る」という学びのサイクルも完成したのです。
これは単なる「休息」ではありません。余暇が仕事のパフォーマンスを高める投資になったのです。
注意点は、天候や予定に左右されやすいこと。だからこそ「代替プラン」を用意して柔軟に取り組むことが、成長の継続につながります。
真のワークライフバランスとは
重要なのは、ワークとライフを量で測ることではなく、その関係性を見直すことかもしれません。
ワークとライフを対立させず、相互に高め合う関係としてとらえ直すこと――それこそが真のワークライフバランスではないでしょうか。
- 読書は「遊び」ではなく、新たな視点を得る投資
- 運動は「休息」ではなく、チャンスをつかむ体力・気力の源泉
- 家族や友人との時間は「仕事の邪魔」ではなく、異なる価値観に触れるイノベーションの種
こう考えると、余暇をデザインすることは、仕事のパフォーマンスを高める最も効果的な戦略のひとつだと言えます。
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あなたも「気分が上がる」「達成感を感じやすい」工夫を加え、余暇を「成長につながるルーティン」として楽しんでみませんか?
ワークとライフを統合する視点を持てば、心も行動も自然と前に進み出すはずです。
子どもに「ワークライフバランスって何?」と聞かれたら、わかりやすく答えられますか? 姉妹サイト「こどもまなび☆ラボ」では、ワークライフバランスについてわかりやすく解説しています。ぜひこちらをご覧ください。
*1: エン株式会社|20代・30代のビジネスパーソン1200人に聞いた 「仕事を通じた成長実感」意識調査 ー『AMBI』ユーザーアンケートー
*2: THE21オンライン|「怠惰な多忙」に陥らず、「第Ⅱ領域」の活動時間を意識して増やそう
*3: Harvard Business Review|Research: How "Leisure Crafting" Can Help You Recharge
STUDY HACKER 編集部
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