同じミスをしても、許される人と責められる人がいます。両者の違いは「感じがいいかどうか」と語るのは、主に社内コミュニケーションやストレスマネジメントを専門とする公認心理師の大野萌子さん。「感じがいい人」がもつメリットと、「感じがいい人」になるためのコミュニケーション方法とはどのようなものでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
大野萌子(おおの・もえこ)
神奈川県出身。公認心理師、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士、一般社団法人「日本メンタルアップ支援機構」代表理事。企業内カウンセラーとしての長年の経験を活かし、社内コミュニケーション、ストレスマネジメント、ハラスメント対策を専門とする。内閣府をはじめ、大手企業、大学などで6万人以上に講演、研修を行なってきた実績をもとに、テレビ、ラジオ、新聞などのメディアでも活躍。『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)は51万部のベストセラーとなった。ほかに『できる上司のZ世代をモンスターにしない言葉』(ビジネス社)、『ネガティブな自分のゆるし方』(クロスメディア・パブリッシング)、『介護のステキ言い換え術』(中央法規出版)、『10歳からの言いかえ図鑑』(幻冬舎)、『気持ちのきりかえ事典』(扶桑社)など著書多数。
「感じがいい人」だけがもつメリット
「感じがいい人」と「感じが悪い人」であれば、わざわざ後者になりたいという人はいませんよね? その感じがいい人になる最大のメリットは、「無用なトラブルを回避できる」ことだと思います。
マンションの右隣の部屋の人はいつもにこやかにあいさつしてくれて、旅行に行けばいつもお土産を渡してくれるような人だとします。一方、マンションの左隣の部屋の人は、廊下で会っても素通りするだけであいさつなどしません。
すると、夜中に隣の部屋から大きな物音や話し声が聞こえたようなとき、右隣の感じがいい人に対しては「ずいぶんにぎやかだな、お客さまでも来ているのかな?」で済みますが、左隣の感じが悪い人に対しては、「何時だと思ってるんだ。うるさいな!」「なにかあったのか? 通報したほうがいいかもしれない」などと考えることにもなりかねません。同じ事象を起こしたとしても、感じがいいか悪いかにより、周囲が受ける印象、ひいてはその後の言動も大きく違ってくるのです。
もちろん、同じようなことは仕事の場面でも言えるでしょう。なんらかのミスをしたとき、感じがいい人であれば、「誰だってミスをすることがあるのだから、仕方ないよ」「みんなで解決しよう」と、周囲が助けてくれる可能性があります。でも、感じが悪い人に対しては、そのような反応はほぼ起こりません。
また、ほかのメリットで言うと、感じがいい人には「情報が集まる」ことも考えられます。仕事をするうえで情報が重要であることは言うまでもありませんが、感じがいい人に対しては、「たしか〇〇さんがこんな情報を欲しがっていたから、せっかくだし教えてあげよう」というように周囲が協力してくれます。一方、感じが悪い人にわざわざそういった手助けをする人はいないでしょう。
「私はあなたの味方です」と示す
そのような、いわば「お得」な立ち位置である感じがいい人になるにはどうすればいいでしょう? ポイントは、日常的な「言葉遣い」にあります。私たち人間は基本的に言葉でコミュニケーションを図る生き物ですから、その人の印象の多くは、普段の言葉選びで決まるのです。
特に第一印象はとても重要です。みなさん自身の人間関係を振り返ってみればわかるはずですが、第一印象はそう簡単に覆るものではありません。最初に「感じがいいな」と思った人にはその後も好印象を抱き続けるものですし、逆もまた然りです。
仕事をしていれば、初対面の人に会う場面はよくありますよね。そのときに意識してほしいのは、「なにか困ったことや疑問に思うことがあったら、遠慮なくいつでも相談してくださいね」といったフレーズを使うことです。なぜなら、「私はあなたの味方です」と示してくれる相手に対して悪い印象をもつ人はいないからです。
しかし、ひとつだけ注意が必要です。相手に対して味方だと示すことは重要なのですが、同時に「対応できる範囲」をきちんと伝えなければなりません。「遠慮なくいつでも相談してください」と言ってくれた人に相談しようとしたところ、「ちょっといまは……」と断られてしまったらどうですか? 「『いつでも』って言ったじゃないか」と相手に不信感を抱くことでしょう。
これは、心理学において「ダブルバインド」と呼ばれる状態で、「矛盾したふたつのメッセージを受け取ることで、心理的にストレスがかかる状態」にあることを指します。
ですから、「水曜日だったらいつでもいいですよ」「相談があるときは事前に声をかけてくださいね」といった、対応できる範囲とセットで「あなたの味方です」と示せば、相手をダブルバインドの状態にさせることもなくなります。
避けなければならないのは、「曖昧ワード」
また、感じがいい人になるために避けたい言葉も存在します。その筆頭が、「なるはや(なるべく早く)」「お手すきで」といった「あいまいワード」です。これらは「感覚表現」と呼ばれるもので、その感覚は人によって大きく異なります。
実際、私の研修の受講者たちに「『なるはやでやります』の『なるはや』はどのくらいの時間だと思うか?」と聞いてみたところ、「5分」と答える人もいれば「翌日まで」と答える人もいました。それだけ、感覚表現は人によって受け取り方の幅が広いのです。
あなたが誰かに対して「なるはやで」となんらかの仕事をお願いしたとします。あなたのなるはやが「30分」で、相手のなるはやが「翌日まで」だったらどうなるでしょう? 30分後に「そろそろかな」と考えて「さっきのあれ、どうですか?」と尋ねると、相手からすれば「え、もう?」と困惑するだけですし、相手から感じがいい人と思われることはまずないでしょう。
特にいまは、ハラスメントと受け取られるのを恐れて、はっきり「いつまでに仕上げてほしい」とメンバーに伝えるのを避けるリーダーも多いのですが、それは完全に悪手です。メンバーからは、「ほかにも急ぎの仕事があるのに、いったいいつまでにやればいいの?」と不満をもたれるだけです。
コミュニケーションというのは、基本的に「発信者がなにを伝えたか」ではなく「相手がどう受け取ったか」で決まります。自分の発信した言葉によって認識の違いが生じてトラブルが起きた場合、あなたが「そういうつもりではなかった」としても、相手がそう受け取ったのなら、そう受け取らせる発信をしていたということにほかなりません。だからこそ、相手との齟齬を生むような表現は避けなければならないのです。
【大野萌子さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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なぜあの人の仕事は「いつも円滑に進む」のか? 社内で頼られる人のコミュニケーション術(※近日公開)
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。