AIの進化は目覚ましく、多種多様な場面で人間の仕事を代替し始めています。しかし、「一部の力においては、現時点でAIが人間を超えることはない」と語るのは、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教である脳科学者の毛内拡先生。その「一部の力」とはなにか、先生の考えを聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
毛内拡(もうない・ひろむ)
1984年生まれ、北海道出身。お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業。2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センタ一研究員を経て、2018年より現職。生体組織機能学研究室を主宰。脳をこよなく愛する有志が集まり脳に関する本を輪読する会「いんすぴ!ゼミ」代表。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、マウスの脳活動にヒントを得て、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を目指している。『心は存在しない』(SBクリエイティブ)、『なぜか自信がある人がやっていること』(秀和システム)、『運のいい人がやっていること』(秀和システム)、『「気の持ちよう」の脳科学』(筑摩書房)、『すべては脳で実現している。』(総合法令出版)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP研究所)など著書多数。
AIは「本当の意味で新しいもの」を生み出せない
昨今、AIが文章をつくったり絵を描いたりプログラミングしたりと、その進化には目を見張るものがあります。以前から「AIに仕事を奪われる」という話もあるように、AIの進化に不安を覚えている人もいるかもしれません。
ただ、仕事において重要だとされる創造性やひらめきをAIが代替できるようになるかと言うと、現時点ではそこまで心配する必要はないと私は考えています。なぜなら、AIは、「教師データ」と呼ばれる「正解つきの例題」のようなデータをもとに学習しているからです。
これまでの長い歴史のなかで人類がつくり上げてきた文章や絵、音楽、あるいは革新的なビジネスモデルといったあらゆるものをAIに学習させれば、あたかも新しいものを生み出すように思うかもしれません。でも、結局それは人類が蓄積してきたものの寄せ集めのようなものでしかなく、AIは、本当の意味で新しいものを生むことはできないのです。
よく、「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせに過ぎない」とも言われますよね。その「組み合わせ」についても、AIは「平均的」なものしか出力できません。AIの学習は、簡単に言えば「多数決」で行なわれます。なんらかの問いに対して「999人の答えはこうだ」「ひとりの答えはこうだ」というデータがあれば、AIは前者を選択します。
でも、人間は違いますよね。999人が「天動説が正しい」と言っている社会でも、たとえたったひとりであっても「いや、地動説こそが正しい」と主張できます。要するに、平均的でないものを選択できるのです。だからこそ、ただひとりだけの考えのような、既存の要素どうしの「突拍子もない組み合わせ」を思いつき、本当の意味で新しいアイデアを生むことができるわけです。
いま高めていくべきは、「脳の持久力」
また、このAI時代に活躍していくには、「脳の持久力」を高めることが重要だと私は見ています。
Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとって「VUCA」と呼ばれる、「変化が激しく先行きが見えない」とされるいまの時代だからこそ、「正解がない問い」について粘り強く考え続けられる力、つまり「脳の持久力」の重要性が増しているのです(『「IQが高い人ほど頭がいい」は時代遅れ。本当に頭のいい人の脳には特徴があった』参照)。
みなさんがAIを使う場面を考えてみましょう。なんらかの問題に直面し、「正解が欲しい」という場面がほとんどであるはずです。
でも、私たちが取り組む問題には、正解がなく、極端に言えば「解決しなくていい」ものだってあります。コロナ禍の問題など、その典型だったのではないでしょうか。
コロナの感染が世界中に拡大していくなか、「なんとしてでもウイルスを根絶する」という選択をして問題解決を図ることもできれば、「根絶できないのならウイルスと共存していく」という選択もできました。つまり、そこに本当の正解などなかったのです。
そして、みなさんそれぞれの人生における問題も、まさに正解などないものです。どこに住んでなにを仕事にするのか、結婚するのかしないのか、子どもをもつのかもたないのか、なににお金を使うのか、人生における成功をどう考えるのか――。そう、すべて正解がない問題ばかりです。
そういった問題にしっかりと向き合い、より充実した人生を歩むためにも、正解がない問いに対して粘り強く考えられる「脳の持久力」が大切なのです。
自ら能動的に行動し、「失敗」から学ぶ
また、AIにはない人間らしさを活かす意味では、「失敗」を大切にしてほしいとも思います。AIは、与えられた課題に対して正解、あるいは限りなく正解に近いものを出力できます。そこには、明白な失敗はありません。
一方、人間の場合、逆に失敗を一度も経験しない人など存在しないでしょう。でも、脳科学の観点から言うと、この失敗こそが重要なのです。
私たちの脳は、なにをするにもなんらかの予測に基づいて行なっています。そして、その予測と結果とのあいだの誤差によって脳は学習します。つまり、誤差がまったくなかったとしたら、成長できないのです。誤差が大きければ大きいほどより多くのことを学べるという意味においては、失敗したほうがいいとさえ言えます。
そして、そうした経験を得るために、自ら能動的に行動するのもポイントです。「ゴンドラ猫の実験」という有名な実験があります。歩けるようになったばかりの2匹の子猫のうち、1匹は自分で動き回ることができます。一方、2匹目は、1匹目の猫の動きに連動して動くゴンドラのなかに入れられ、自分で動き回ることができないようにされました。
いまなら倫理的観点から行なえるような実験ではありませんが、その結果どうなったかと言うと、1匹目の猫は正常に成長しました。対して、自分の意思で動けない受動的な2匹目の猫は、視覚や空間認識能力が十分に機能しなくなってしまったのです。つまり、脳が十分に発達しなかったわけです。
失敗が大事だとはいえ、それが「これをやりなさい」というように誰かから与えられたものの結果であれば、そこからの学びは大きなものにはならないでしょう。ビジネスパーソンとして、あるいはもっと広く人間として成長していこうと思うのなら、あくまでも自ら能動的に行動した結果としての失敗から学んでいく、そういう姿勢を重視してください。
【毛内拡先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
「IQが高い人ほど頭がいい」は時代遅れ。本当に頭のいい人の脳には特徴があった
「ぼーっとする時間」が記憶の定着率を上げる。短期記憶を長期記憶にする方法
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。