「仕事に私情を挟むな」というふうに、仕事に感情をもち込むことはタブー視されがちです。しかし、その風潮を疑問視するのは、著書『感情マネジメント 自分とチームの「気持ち」を知り最高の成果を生みだす』(ダイヤモンド社)を上梓した池照佳代(いけてる・かよ)さん。池照さんは、感情こそが仕事のパフォーマンスを最も大きく左右する因子であり、だからこそ「仕事には私情を挟みなさい」と語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
自分の感情を知るツール「ムードメーター」
みなさんは自分の「感情」に注意を向けていますか? 「今日の上司は機嫌が悪そうだ……」と他人の感情には注意を向けても、自分の感情となると意外と気にかけていないのではないでしょうか。そして、その感情がどんなものかを表現することも意外と難しいものです。
ここで、「ムードメーター」というものを紹介します。これは、アメリカのイェール大学の感情知性センターという研究機関が開発したもので、日本語版は弊社で作成しました。
【自分の感情に向き合う「ムードメーター」】
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横軸が感情の良し悪しを表すフィーリングレベル、縦軸が身体のエネルギーレベルを示します。これを使うときは、完全に自分の主観でかまいません。例を挙げましょう。起床したときに鳥の声が聞こえて気分がよかったからフィーリングレベルは10点満点で8点。よく眠れたけど、前日に運動をしすぎて筋肉痛があるからエネルギーレベルは7点といった具合に、あくまで自分の主観で自己採点するのです。
それらが交わる場所を見ると、「Happy(幸せ)」とあります。もちろん、これがそのままその人の感情というわけではありませんが、自分の感情を言語化して認識する参考にはできます。
そして、これだけ感情の数があるので当然ですが、このムードメーターを研修で200人の人にやってもらっても5人の人にやってもらっても、結果は見事にバラバラになります。それくらい機嫌の状態は多種多様なものであり、人それぞれで違うことはもちろん、同じ人であっても時間やちょっとしたきっかけでまったく別の機嫌の状態にもなります。
感情こそが、パフォーマンスを最も大きく左右する
そもそもこのムードメーターは、当初は学校の教員向けに開発されたものでした。多民族国家であるアメリカの学校では、生徒たちの人種も民族も宗教も多種多様です。そんな生徒たちをうまくマネジメントするのは簡単ではありませんが、そこに向けた課題解決のためのツールがムードメーターです。というのも、「感情」がパフォーマンスに最も大きな影響を与える因子のひとつだということがわかっているからです。
ムードメーターを採用している学校の教員たちは、まずこれによって自分の感情を知ります。そして、その感情がどんなふうに自分のパフォーマンスに影響を与えるかというパターンを、ムードメーターを習慣化することで知ることができます。そうして、「こういう気分のときは、自分はこういう行動をすべきだ」と徐々に学び、結果的にパフォーマンスを上げることが可能になるというわけです。
もちろん、ムードメーターを習慣化することで自分の感情に着目することが日常化すると、他人の感情も敏感に感じられるようになってきます。そうできれば、ビジネスパーソンにとっても大きなメリットがあります。
たとえば、初対面の相手とのミーティングで緊張していたとします。その自分の感情をしっかりと把握できれば、深呼吸をするといった、「こういう気分のときは、自分はこういう行動をとる」という対応法を実践できます。
一方、ミーティング相手の感情も同じように緊張していると感じられたとしたら、「緊張しなくてもいいですよ、私も緊張していますから(笑)」「私がサポートしますから安心してください」といった働きかけによって不安を解消し、一体感をつくるといったこともできます。このことは、相手の感情を感じられなければできないことですよね。
ムードメーターにより「心理的安全性」も高まる
私の会社は完全なテレワーク制ですが、毎朝のミーティングでは必ずこのムードメーターを使ってメンバー全員が自分の感情状態とその理由を伝えることにしています。メンバー全員が常に元気いっぱいというわけではありませんから、メンバーそれぞれの感情や置かれている状況を把握することが大切です。
たとえば、「ペットの病気が判明してとても心配です……」なんてメンバーがいたとしたらどうでしょう? そういう状況にあることに配慮した接し方ができますよね。相手から言われるまでもなく、その人の担当業務を手伝ってあげられるようなこともあると思います。そういうことの積み重ねが、結果的にはチーム全体のパフォーマンスを安定させ、高めていきます。
そして、ムードメーターを使うことのメリットは、ただメンバーの感情や置かれている状況を知ることに留まりません。このようにメンバーどうしで自らの感情状態やその変化を話せることで、「心理的安全性」を高められるということにもなります。
心理的安全性とは、「組織に属する人間が安心して自由に自己表現や自己主張ができる環境が担保されている状態」を指し、チームや組織が高いパフォーマンスを発揮するうえで昨今注目が高まっています。
日本には、「仕事に私情を挟むな」といった風潮が強い企業もいまだに多いものです。しかし、私の考えは真逆です。ひとりひとりが自身のパフォーマンス最大化を考え、適切に私情を挟んでこそ、チームのパフォーマンスは上がっていくのです。
【池照佳代さん ほかのインタビュー記事はこちら】
優れたリーダーになりたいなら “感情” を軽視してはいけない。いまこそ高めるべき「EQ」とは
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【プロフィール】
池照佳代(いけてる・かよ)
1967年、台湾生まれ。株式会社アイズプラス代表取締役。日本で育ち、高校卒業後に米国でTESL(Teaching English as a Second Language)を学び帰国。ECC外語学院で講師・学校運営など経験後に、マスターフーズ(現マースジャパン)に人事職で入社後、フォードジャパン、アディダスジャパン、ファイザー、日本ポールで人事職を中心に担当する。2015年、法政大学経営大学院にて経営学修士(MBA)を取得。子育てと仕事の両立を目指し、2016年、大学院在学時にアイズプラス社を設立。IC(インディペンデント・コントラクター)として独立を経て、現在は株式会社化してパートナーシップによる協働プロジェクトで企業の人事、経営課題の解決に取り組んでいる。組織向けにコンサルティングを提供するなかで、EQ(感情知性)の重要性に気づき、以降、制度設計、人材・組織開発、キャリアデザインなどにEQを取り入れたプログラムを独自に構築し、提供を開始する。2019年、日本初のEQオウンドメディア「EQ+LAB.」を立ち上げ、国内外のEQ関係者を巻き込みながら「心豊かなポジティブチェンジの場と機会づくり」に取り組んでいる。山野美容芸術短期大学特任教授も務める。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。