「わかりやすさ」こそ最強の武器である——小林製薬に学ぶ、ニッチ市場を独占するネーミングの法則【新人さんのためのマーケティング講座 Season6 vol.15】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

Season5では、身近な事例を通じてマーケティングの原則を深掘りしました。
Season6でも引き続き、「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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ドラッグストアの棚を思い浮かべてください。

「のどぬ~る」「熱さまシート」「サカムケア」「ナイシトール」——一瞬で何の商品かわかる、不思議なネーミングの製品が並んでいます。すべて小林製薬の商品です。

前回の湖池屋が「感性の価値転換」で価格帯を上げたとすれば、小林製薬が使った武器は正反対です。美しさでも高級感でもなく、徹底的なわかりやすさ。「名前を見た瞬間に何かわかる」という機能性こそが、この会社の最強の競争優位です。

「小さな池の大きな魚」——誰も気づいていない悩みに旗を立てる

小林製薬の戦略をひとことで表すなら「小さな池の大きな魚」です。*1 大手メーカーが「大きな池(マス市場)」で激しく競い合う横で、小林製薬は誰も気づいていない「小さな池(ニッチ市場)」を自分で作り、そこでシェア1位を獲り続けます。

そのための発想法が「"あったらいいな"をカタチにする」という開発哲学です。*1 技術から商品を作る「プロダクトアウト」ではなく、日常の小さな不快・不便・不満から逆算して市場を設計する「マーケットイン」の徹底です。

熱さまシートの誕生がその典型例です。あるとき社員が「発熱時に額に乗せた濡れタオルが、寝ている間にずれ落ちて困る」とつぶやいた。社内でヒアリングをすると、同じ悩みを持つ人が多かった。「水に濡らさずすぐ使える」「ずれ落ちない」「冷却時間が持続する」——この3つのニーズに応えた商品を開発し、1994年に発売。販売枚数は現在4億枚を超えています。*2

重要なのは、「濡れタオルがずれる」という悩みを、製薬大手のマーケティング部が「研究対象」として取り上げる可能性がきわめて低いことです。あまりにも日常的で、あまりにも小さい。しかし小林製薬にとって、その「小さすぎる悩み」こそが、競合のいないブルーオーシャンです。

この発想を全社に浸透させるため、小林製薬では1982年から全員参加のアイデア提案制度を導入しています。*3 2019年には約3,000人の社員から、新製品3万8千件・業務改善1万7千件のアイデアが提案されました。熱さまシートも、この制度から生まれたヒット商品のひとつです。

「名前=ベネフィット」——説明を省いた名前が最強の営業マンになる

小林製薬の商品開発で際立っているのが、ネーミングへのこだわりです。商品名を決めるのは、マーケティング部の担当者を中心に100以上の候補を出し合い「ドロドロと意見を戦わせる」開発プロセス(通称・ドロドロ開発)を経て、最終的に社長の決裁を経て決まります。*3

その哲学は、小林製薬の言葉を借りれば「パッケージは物言わぬ営業社員」です。*2 店頭でお客様に語りかけるのが商品名の役割だという考え方です。

小林製薬のネーミングが機能するのは、「商品名=解決するベネフィット」という等式が成立しているからです。

商品名 解決する悩み(Pain) ネーミングの妙
熱さまシート 発熱時の額の冷却 使用シーンと形状を一言で完結。「熱を冷ます+シート」以上の説明不要
のどぬ~る のどの痛み・殺菌 「塗る」という動作と場所を合体。伸ばし棒で塗り広げる感触まで表現
トイレその後に トイレ後の臭い消し 使用タイミングをそのまま商品名に。説明ゼロで用途が完全に伝わる
糸ようじ 歯間の汚れ・歯垢 「糸+ようじ」の合体。商品名がそのままカテゴリー名になった代表例
ブルーレットおくだけ トイレの洗浄・芳香 使い方(置くだけ)が商品名の一部。購入前に使い方がわかる
サカムケア 指先のさかむけ 悩みの対象(さかむけ)を直接名前に。ニッチすぎる市場でも旗を立てる
ナイシトール お腹の脂肪(内臓脂肪) 気になる部位を名前に込める。薬らしさと機能性を両立した造語
ボーコレン 膀胱炎の症状 「膀胱+漏れん(防ぐ)」の音で表現。言いにくい症状を軽くする効果も
アイボン 目の洗浄・疲れ目ケア 「目(EYE)+洗う(boil→bobon)」の音の合体。目のケアとわかる響き
ケシミン シミ・くすみのケア 「消し(ケシ)+ミン(美人の音)」。結果(消す)と対象(シミ)を1語に
アンメルツヨコヨコ 肩こり・筋肉痛 塗る動作(横に動かす)を擬音化。「ヨコヨコ」で使い方が体感として伝わる
キズアワワ 傷の洗浄・保護 「キズ+泡(アワ)」の二重構造。「アワワ」と繰り返すことで泡の質感を表現
イビキラック いびきの軽減 「いびき+楽(ラク)」。悩みと解決の方向性を1語に圧縮
あせワキパット 脇の汗・汗ジミ対策 「汗+脇+パット」の三要素を商品名に全部入れた潔さ
噛むブレスケア 口臭・息のケア 使い方(噛む)を商品名に。「飲む」でなく「噛む」という差別化まで伝わる
スミガキ 歯の汚れ・着色 「炭(スミ)+磨き(ガキ)」。成分と用途を2音節ずつで完結させた見事な造語

「熱さまシート」という名前に、機能説明は不要です。「熱を冷ます、シート状のもの」——それ以上の説明は何も要らない。消費者の脳内で「これ、私が探していたやつだ」という自己関連性が一瞬で起動します。

これは、商品名が「検索クエリ」の役割を果たすということです。消費者が「のどが痛い→何か塗るものはないか」と思った瞬間、「のどぬ~る」という名前が記憶の中にあれば、検索行動は即座に完結します。カッコいいカタカナのブランド名は、その一瞬の自己関連性を妨げます。

「わかりやすさ」は信頼の最短経路——そして名前が市場を作る

小林製薬のネーミング戦略には、もう一つ重要な側面があります。「商品名がそのままカテゴリー名になってしまう」という現象です。

「糸ようじ」「熱さまシート」——これらはいつの間にか、その種の商品全体を指す言葉として使われるようになりました。競合他社の同種の商品を指すときに「熱さまシート的なもの」と言ってしまう消費者がいるほどです。*2

これはブランドにとって両刃の剣です。認知は最高になる一方、商標権が弱まる「普通名称化」のリスクがあります。小林製薬はこのリスクを知ったうえで、普通名称化防止活動を積極的に行いながら、それでも「わかりやすい名前」を優先しています。*2 それほど「わかりやすさ」に信念があるということです。

ここに、vol.14の湖池屋との対比が浮かびます。湖池屋は「感性の豊かさ」で顧客に「選ぶ誇り」を与えました。小林製薬は「認知の速さ」で顧客に「探す手間をゼロにする」ことを与えます。どちらも「顧客の何かを解消する」ことが本質ですが、アプローチはまったく逆です。

あなたのサービスや企画の名前は、一瞬で「誰の何を解決するか」が伝わりますか。カッコいいカタカナ名をつける前に、まず顧客の「悩み」をそのまま名前にしてみる——2026年の情報過多な市場では、「最短の理解」を提供できるブランドが、最初に手に取られます。

 

【本記事のまとめ】

1. 「小さな池の大きな魚」——誰も気づいていない悩みを見つけて旗を立てる
大手が無視する日常の小さな不快を見つけ、そこにファーストインする。全員参加のアイデア提案制度が、社員の日常観察から市場創造のアイデアを継続的に生み出すエンジンになっている。

2. 「名前=ベネフィット」——商品名が最強の営業社員になる
のどぬ~る・熱さまシート・サカムケア……すべて「解決する悩み」をそのまま名前にしている。「わかりやすさ」は信頼の最短経路であり、消費者の自己関連性を一瞬で起動させる言語化の技術だ。

3. 商品名がカテゴリー名になるとき、ブランドは市場を創った証になる
「熱さまシート」「糸ようじ」が商品名を超えてカテゴリー名として使われるのは、その商品が市場を作ったからだ。2026年の過密市場では、「最短の理解」を提供できる名前を持つブランドが、最初に手に取られる。

よくある質問(FAQ)

小林製薬は「わかりやすい名前」にこだわることで、デザイン性が犠牲になりませんか?

意図的なトレードオフです。小林製薬は「わかりやすさ」を最優先にしているため、結果としてデザインの「おしゃれさ」は二の次になります。ただしこれは一貫した戦略であり、「わかりやすさ」こそがドラッグストアの棚という情報密度の高い環境での最強の差別化要因だという確信があってのことです。美しさを優先するブランドとは土俵が違う——つまりそれ自体が競合のいない戦場を選んでいることでもあります。

「商品名をそのまま悩みにする」ネーミング手法は、どんな業種でも使えますか?

使えますが、前提があります。顧客の悩みが「言語化しやすく」かつ「その悩みに自覚がある」場合に最も効果的です。小林製薬の商品は「のどが痛い」「さかむけが気になる」といった具体的な身体的不快に応えるため、名前と悩みが直結します。一方、SaaSやBtoB商材のように「顧客が自分の課題を言語化できていない」場合は、悩みをそのまま名前にすることが難しい。その場合は「結果・アウトカム」を名前に込める(例:○○効率化ツール)というアプローチが有効です。

小林製薬は「ニッチ市場を創る」と言いますが、市場が小さすぎて採算が取れないのでは?

「小さな池」でも「一人独占」なら十分な利益が出るというのが小林製薬のモデルです。年間約30の新製品を出し続け、それぞれのニッチ市場でシェア1位を獲る「多品種・高シェア」の積み重ねが全体の収益を支えます。また、新市場を自分で作ったファーストムーバーとして先行者利益を享受しつつ、競合が参入してきたらリニューアルや改善で常にナンバーワンであり続ける——これが小林製薬の持続的成長の仕組みです。

(参考)

*1|小林製薬公式「独自のビジネスモデル」。「"あったらいいな"をカタチにする」・「小さな池の大きな魚」戦略・「わかりやすさのマーケティング」・年間約30の新製品を発売という記述を確認
*2|日本弁理士会「小林製薬 熱さまシート」。熱さまシート1994年発売・販売枚数4億枚超・「パッケージは物言わぬ営業社員」・普通名称化防止活動の実施・「新しい市場にファーストインし、参入後は常にナンバーワン」という方針を確認
*3|マイナビニュース「コロナ禍の『あったらいいな』に応える小林製薬」小林製薬開発担当インタビュー。1982年から全社員提案制度を導入・2019年に約3,000人の社員から新製品3万8千件・業務改善1万7千件のアイデアが提案された事実を確認。ドロドロ開発・100以上の候補から社長決裁というネーミングプロセスはエンジョイ!マガジン(小林製薬広報担当インタビュー・2016年)および同社広報担当への複数メディアインタビューで一貫して確認

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしていきます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで
Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
Season4(全20回)はこちら|「摩擦の除去」で読み解く世界的ブランドの設計思想
▶ Season 5【準備中】

【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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