脳は、驚くほどのエネルギーを毎日「雑念の処理」に使っているといいます。そんな状態では、集中しようと思ってもなかなかうまくいかないのは当然のこと。
「3秒だけのつもりだったのに、SNSを開いてからもう1時間」
「通知が鳴っていないのに、スマホを手に取ってしまった」
──こんな経験はありませんか?
これらはすべて、脳の司令塔「実行機能」に負荷がかかりすぎているサイン。しかも私たちは、生理的にも “集中しすぎないようにできている” というのです。
つまり、「集中できない」は、あなたの意志の弱さではなく、「脳の仕組みと時代の構造」の問題。
では、どうすればいいのでしょうか?
その答えは、あなたの身近にある「無意識のノイズ習慣」に隠れています。
「集中できない」の正体
「集中できないのは、自分の意志が弱いせいだ……」 と、自分を責めないでください。現代人は、どう頑張っても簡単に集中できないようになっているのです。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの心理学・脳科学の教授である Nilli Lavie 氏らの研究論文には、こうした脳のメカニズムが示されています。*1
- 【課題が難しい】→関係ないことの処理が減る→集中しやすい
- 【課題が簡単】→関係ないことの処理もしてしまう→気が散りやすい
後者のように関係ないことに注意が向きそうなとき、私たちは実行機能という認知システムに頼る必要があります。*1
実行機能とは、複雑な作業をこなすときに、ルールを守ったり切り替えたり、必要な情報を更新したりして、思考や行動をうまくコントロールする脳の働きのことです。*2
しかし、いざというとき実行機能に負荷がかかっていると、いま必要のないことへの処理が増し、気が散ってしまいます。
実行機能が「関係ないことの処理を減らしなさい」と指令を出せなくなるからです。*1
わかりやすく言うと、このような感じではないでしょうか。
脳の司令塔(実行機能)が忙しすぎたり、疲れすぎたりすると
⇒「これは無視しよう」という指令が出せなくなる
⇒関係ない刺激にも注意が向いてしまう
ちなみに――
「実行機能に負荷がかかる」とは、次のようなことです。
- 複数のことを同時に考える(マルチタスク)
- 難しい判断や決断を迫られる
- ストレスや疲労で脳の司令塔機能が疲弊する
- 感情的になって冷静な判断ができない状態
いまは情報過多の時代。生成AIを始めさまざまなツールに囲まれ、選択肢も激増しています。しかも、先の見えない時代で物価高。イライラやストレスは増える一方です。
ですから、現代に生きる私たちが、実行機能への負荷を減らすのは至難の業。それは、集中するのが困難であることを物語っているはずです。
それに加え――
「そもそも人間は、生理学的にあえて集中しないようにできている」と医師・医学博士の梶本修身氏(東京疲労・睡眠クリニック院長)は言います。集中しすぎると、まわりの危険に気づけなくなるからです。昔なら猛獣、いまは乗り物といったところでしょうか。*3
つまり「集中できない」の正体は、私たちが置かれているいまの環境と、もともと人間がもっている特性によるものなのです。
無意識でやりがちなノイズ習慣
しかし、仕事をして、学びを続ける私たちには集中力が必要です。
実行機能に負荷がかかる要素をひとつでも、取り除く努力はしてもいいはず。たとえば無意識で行なっているようなことを、意識するだけでもだいぶ違うのではないでしょうか。
そこで、無意識のうちに集中をさまたげるものを「ノイズ」とし、無意識のうちにそれらを取り入れてしまう状況を「ノイズ習慣」としました。
各シーンに、どんな「ノイズ習慣」があるか見てみましょう。
🟡 仕事・勉強中の「ノイズ習慣」
- 「ちょっとだけ」とスマホをチェックしてSNSを開いてしまう
- 通知音が鳴るたびに手が止まる
- 通知がないのにスマホを手に取ってしまう「ゴースト通知」
- タブを複数開きっぱなしにして、別の作業に気が散る
🟢 リラックスタイム中の「ノイズ習慣」
- ついテレビやYouTubeをつけたままスマホを触っている
- ながら食いやながらスマホで脳が常にマルチタスク状態
- それに加えて常にSNSをチェックしている
🟠 スマホ使用中の「ノイズ習慣」
- 調べ物の途中で別のコンテンツに脱線する
- ちょっと確認のつもりが、タイムラインを延々とスクロール
- アプリを開いたときのポイントやクーポンに意識が支配される
こうして洗い出してみると、私たちは無意識のうちに、かなりの影響をデジタルツールから、特にデジタルコミュニケーションツールから受けています。
デジタルコミュニケーションツールを絞る
とは言え、完全にデジタルコミュニケーションツールを遠ざけるのは、現実的ではありません。そこでオススメしたいのが、仕事中に使うものを細かく取捨選択することです。
ジョージタウン大学コンピュータサイエンス教授の Cal Newport 氏は、自身の著書『大事なことに集中する』(ダイヤモンド社, 2016)のなかで、「ディープ・ワーク」の概念を提唱しました。
ディープ・ワークとは、気が散るものを排除して集中し、脳の力を最大限に引き出すことで、高品質な仕事を生み出す働き方のこと。*4
同氏は、ディープ・ワークに役立つ戦略として、「ソーシャルメディアをやめる」ことを提案しています。ただし、単にやめるのではなく、以下の方法にのっとって取捨選択を行ないます。*4
そして、まず自分の達成したい目標を明確にし、その目標達成に本当に重要な影響を与えるツールのみを厳選することが大切だと述べています。*4
上記のコツをふまえて、仕事中を想定し、デジタルコミュニケーションツールを取捨選択してみました(※スマートフォンでご覧の場合は後方に横スクロールあります)。
ツール | 目的 | 仕事の成功への影響度 | マイナス要素 | 判定 | 対応法 |
---|---|---|---|---|---|
Slack | 職場の重要な連絡ツール | 必須(仕事が成り立たない) | 頻繁な通知による集中阻害 | 継続 | 通知設定を最適化/通知が来たら15分以内に対応 |
メール+LINE | 仕事・個人の連絡全般 | 高(業務とプライベート両方で必須) | 頻繁な通知による集中阻害 | 継続(使い分け最適化) | 業務時間は仕事関連のみ対応/通知は時間指定で制限/1日3回・各30分のみ(朝・昼・夕) |
X(旧Twitter) | 情報収集と発信 | 高(業界トレンドや専門情報の収集に重要) | 時間の浪費・集中阻害が深刻 | 厳格な制限 | 1日2回・各30分のみ(朝・夕)/通知完全オフ |
人脈形成 | 限定的(月2回程度で十分) | SNS的な時間の浪費 | 大幅制限 | 2週間に1回アクセス(木曜日) | |
執筆メディアの動向把握・業界研究 | 中(メディア業界の理解に必要) | 際限ない閲覧による時間の浪費 | 業務目的に限定 | 担当メディアや競合の投稿チェックのみ、娯楽閲覧は禁止 |
実際にやってみると、「どれを続けて、どれをやめる」といった簡単な話ではありませんでした。
しかし、こうして分類し、俯瞰してみることで、以下真逆の視点から見た、ふたつのことがわかったのです。
- いかに自分が目的もなく「デジタルコミュニケーションツール」に時間を費やしているか
- いかに目的があるのに「こんなことに時間を費やしているのはダメだと」と闇雲に思っていたか
つまり、目的や価値の目線で「デジタルコミュニケーションツール」を取捨選択しようとすると、使用状況もふまえて細分化でき、“どれか” ではなく、要らないノイズだけを排除できるのです。
ネットがなければ始まらない時代だからこそ、不可欠な試みかもしれません。ぜひ皆さんも一度、視点を変えて取捨選択してみてください。
***
現代人が「集中できない」と感じるのは、決して意志の弱さではありません。情報過多の時代に加え、人間がもともと持つ生理学的特性によるものです。
しかし、だからこそ意識的に「ノイズ習慣」を見直し、デジタルコミュニケーションツールを厳選することで、集中力を取り戻すことができます。
まずは今日から、あなたが無意識に使っているツールを「目的」「価値」「マイナス要素」の視点で見直してみてください。きっと新しい発見があるはずです。
*1: Oxford Academic|Load Theory of Attention and Cognitive Control
*2: 脳科学辞典|実行機能
*3: 日本の資格・検定|「人間は集中力が続かない生き物」医師が脳のメカニズムを解説【勉強効率アップの秘訣 Vol.1】
*4: Media Minds by Adriana Lacy Consulting|The Neuroscience of Deep Work:Strategies for Enhancing Focus and Productivity in the Digital Age
上川万葉
法学部を卒業後、大学院でヨーロッパ近現代史を研究。ドイツ語・チェコ語の学習経験がある。司書と学芸員の資格をもち、大学図書館で10年以上勤務した。特にリサーチや書籍紹介を得意としており、勉強法や働き方にまつわる記事を多く執筆している。