
「やる気」は気持ちの問題ではありません。それは、脳内で起きている化学反応であり、つまりはハック可能なシステムなのです。
多くのビジネスパーソンは、生産性を「やる気」や「モチベーション」という主観的な感情に依存させています。しかし最新の脳科学研究によれば、私たちが「やる気」と呼んでいる状態は、脳内の「リワードシステム」(報酬系)が活性化され、ドーパミンが分泌されている状態に過ぎません。つまり、この反応を意図的に引き起こすことができれば、「やる気」は自在にコントロールできるのです。
「今日はやる気が出ないから後回しにしよう」 「モチベーションが上がってから取り組もう」
こうした思考は、ビジネスパーソンの生産性を著しく低下させる最大の罠です。なぜなら、主観的な感情に依存することで、貴重な時間とエネルギーを無駄にしているからです。
現代の脳科学は、リワードシステムを適切に設計することで、必要なときに必要なだけ「やる気」のスイッチを入れられることを示しています。重要なのは、この仕組みがあなたの感情とは独立して機能するということ。つまり、「やる気」という状態を待つ必要はなく、システムを通じて必要なときに生み出せばいいのです。
本記事では、このリワードシステムを最適化し、安定した生産性を実現するための具体的な方法をお伝えします。感情に頼るのではなく、脳の化学反応をハックする――それが、科学的根拠に基づいた最新の生産性向上アプローチです。
- 私たちがやる気を引き出せない理由
- 脳の報酬系(リワードシステム)の働きとは
- 実は、ToDoリストは「書く順番」がポイント
- ToDoリストでやる気をハックしてみた
- ToDoリストを使ったら仕事への意欲が改善した
私たちがやる気を引き出せない理由
やる気が出ないのは、あなたの意思の弱さや仕事内容のせいではありません。やる気を生み出す脳の領域が、十分に働いていないからです。
脳科学者の生塩研一氏は、「脳科学においてはやる気に関する脳領域が見つかって」いるとして、次のように述べています。*1
「大脳基底核」といわれる部分などがそうですが、そういった脳領域が「やる気中枢」と呼ばれています。やる気中枢は、なにかの課題に頑張って取り組んでいるようなときに活性化していて、もしそのやる気中枢を壊してしまうと、課題にだらだらと取り組むようになります。
さらに、生塩氏は「やる気中枢は『前頭前野』という部分からの情報を受ける位置」にあると説明しています。前頭前野は「目的や目標をイメージする、思考するといった人間として重要で高度な活動をつかさどる部分」だそうです。*1
つまり、前頭前野でイメージした目標がやる気中枢へ伝わることで、やる気が引き出されるという仕組みなのですね。
逆にやる気が感じられないときは、明確な目標や目的をもたずに行動している可能性が高いと言えます。
たとえば「毎日なんとなく職場へ行って、とりあえずパソコンを開く」「特に目標もなくだらだら仕事をしている」という人は、やる気中枢をうまく刺激できていないのです。

脳の報酬系(リワードシステム)の働きとは
目標や目的を設定して前頭前野を働かせると、やる気中枢が刺激されることがわかりました。ところが、生塩氏は「前頭前野は、残念ながら『飽きっぽい』という性質も」あることを指摘しています。*1
たとえば、デスクをきれいに保とうと整理整頓を始めたのに三日坊主で終わってしまうのは、前頭前野の飽きっぽさによるものなのです。そこで活用したいのが、脳のリワードシステム(報酬系)です。神経学に詳しい医師の田中伸明氏は、報酬系について次のように説明しています。*2
報酬系とは簡単にいえば、脳の中の快感にかかわる神経系で、喜びや達成感を得ると活性化され、ドーパミンを分泌します。(中略)
脳は「喜び」や「気持ちよさ」を再び味わいたいため、同じ行動を再現しようとします。
つまり報酬系は、喜びや達成感で活性化し、その快感を再び得るための動機につながります。取り組みが成功して「次も頑張ろう」と思えるのは、報酬系が働いているからなのです。

このことから、やる気を引き出すには次の要素が必要だと考えられます。
- 前頭前野の活性化:目的や目標の設定
- 報酬系の活性化:喜びや達成感(=ご褒美)を得る仕組み
ふたつの要素を組み合わせ「目標を設定し、達成したらご褒美を得られる」という仕組みをつくれば、やる気を出して仕事に向き合えるはずです。
その仕組みとしておすすめなのが、ToDoリスト。
「え? ToDoリスト? そんな当たり前のもの?」
そう思われた方も多いのではないでしょうか。ToDoリストは、ビジネスパーソンなら誰もが知っている、あまりにも基本的なツールです。
だからこそ、その真価を見過ごしているのかもしれません。 実は、このありふれたツールこそが、脳のリワードシステムを最も効率的に刺激できる「最強のハックツール」なのです。
ただしほんのちょっとの工夫が必要。その一手間が、脳の報酬系を絶妙なタイミングで刺激し続けるのです。
実は、ToDoリストは「書く順番」がポイント
ハーバード・ビジネススクール教授のフランチェスカ・ジーノ氏と、ノースカロライナ大学キーナン・フラグラー・ビジネススクール准教授のブラッドレイ R. スターツ氏は、ToDoリストの効果に関する実験を行なっています。
実験の内容は「その日のうちに達成したいタスクを書き出し、その後は書いた順番どおりにタスクを終えていってもらう」というものです。被験者は3つのグループに分かれ、それぞれ異なる方法でタスクを実行しました。
3つのグループ:
- タスクを実行するだけのグループ
- タスクが終わるごとにその項目をチェックするグループ
- すぐにできるが重要でないタスクをリストの先頭に列挙し、終わるごとに項目をチェックするグループ
(*3 より筆者がまとめた)
実験の結果、3つ目のグループが「仕事に対する満足感と意欲が最も高かった」うえに「1週間を通してのタスク達成量も最大だった」のです。
ジーノ氏とスターツ氏は、ToDoリストにチェックを入れる達成感に加え、「最初にいくつかのタスクを素早く終わらせたことで、残りの仕事への余力が高まった」と分析しています。
このことから、ToDoリストに「すぐ終わること」から列挙し、こまめにチェックを入れることで、脳の仕組みをハックしながらやる気を途切れさせることなく仕事ができそうです。

ToDoリストでやる気をハックしてみた
筆者も以前は「ToDoリストなんて、単なるタスク管理でしょ」と軽視していた一人です。しかし、脳の報酬系を意識して使ってみたところ、驚くべき変化が起きました。
ポイントは以下の3つでした:
1. 朝一番の"小さな成功体験"
- まず簡単なタスクを3つ書き出す(メールチェック、日報提出など)
- それぞれ10分以内で終わる作業に限定
- 完了したら、すぐにチェックを入れる
→ 朝イチから達成感を味わうことで、脳が「やる気モード」に
2. 大きな仕事は小分けにする
- 1つ15分以内で終わる大きさに分割
- 例:「週報作成」→「データ集計」「グラフ作成」「コメント記入」
→ どれだけ大きな仕事でも、取り掛かりやすくなる
3. チェックは丁寧に
- 完了したら、赤ペンでしっかりチェック
- 1時間に1回は必ず進捗確認
→ 小さな達成感を大切にする
このシステムを1週間続けたところ、面白い変化が起きました。朝の定型業務があっという間に終わり、午前中にたくさんのタスクを片付けられるように。何より、「やる気が出ない」と悩む必要がなくなりました。リストに書いたことを淡々とこなすだけで、気づけば仕事が進んでいたのです。

ToDoリストを使ったら仕事への意欲が改善した
仕事にToDoリストを取り入れた結果、たしかにやる気が引き出されたことを実感できました。
最初に簡単なタスクをいくつか消化し、リストにチェックを入れることで「次のタスクもやろう!」という意欲が湧いたのです。やるべきことが明確になるため、漠然と仕事を始めるよりも目的意識をもちやすく、前出の生塩氏の言う「やる気中枢」を刺激できたと思います。*1
また、最初のタスクが簡単なので取りかかりやすく、仕事を始めるまでの心理的なハードルが下がりました。そのため、この方法は仕事の開始に時間がかかる人や、大きな仕事を抱えて気が重い人にもおすすめできます。
タスクを次々に達成する快感を得やすくし、仕事に取りかかるハードルを下げるために、リストに書くタスクは小さく分割するのがポイントだと感じました。たとえば「記事の執筆」と書くのではなく、「リサーチ」「執筆」「推敲」のように小さなタスクに分ければ、取りかかるときの抵抗感を軽減できます。さらにToDoリストにチェックを入れる回数も増えるため、脳のリワードシステムをより刺激できるでしょう。

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脳のリワードシステムを活用したToDoリストは、明日からすぐに始められます。
具体的には:
1. 小さい仕事から書き、大きな仕事は分割する
2. タスクを終えるたびに、必ずチェックマークを入れる
3. 1時間に1回、進捗を確認する
たったこれだけのことですが、1週間続ければ、仕事の進み方が大きく変わるはずです。ぜひ明日から試してみてください。
※引用部分の太字は筆者が施した
*1 STUDY HACKER|脳科学者が教える、思うがままに「やる気」を出す方法。「快楽中枢」と「恐怖中枢」を活用せよ!
*2 東洋経済オンライン|頑張った自分への「ご褒美」脳にもプラスに働く訳
*3 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー|仕事の生産性と質を高めるために 「完了バイアス」を利用せよ
藤真唯
大学では日本古典文学を専攻。現在も古典文学や近代文学を読み勉強中。効率のよい学び方にも関心が高く、日々情報収集に努めている。ライターとしては、仕事術・コミュニケーション術に関する執筆経験が豊富。丁寧なリサーチに基づいて分かりやすく伝えることを得意とする。