「この案件について、もう少し慎重に進めたほうがいいと思うんですが……」
会議室で発した自分の声が、どこか歯切れの悪いものに聞こえる。案件のリスクは明確なのに、周囲への配慮から強く主張できない——。ビジネスコミュニケーションで、このような経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。
職場でのコミュニケーションにおいて、私たちは常にジレンマを抱えています。率直に意見を述べれば角が立つ。かといって、遠慮がちな物言いでは本意が伝わらない……。特に部下への指示や、チームでの意見対立の場面では、その悩みは深刻になるでしょう。
じつは、職場のコミュニケーションが上手な人には、ある共通点があります。状況に応じて「言葉の主語」を使い分けているのです。
この記事では、効果的な自己主張の方法に悩むビジネスパーソンのために、アサーティブコミュニケーションの核となる「主語の使い分け」について、具体的な例文とともにご紹介します。
- 1. 効果的に自己主張するときは「私」が主語——「Iメッセージ」
- 2. 伝わりにくい部下に指導するときは「あなた」が主語——「YOUメッセージ」
- 3. 人を動かすときは「私たち」が主語——「WEメッセージ」
1. 効果的に自己主張するときは「私」が主語——「Iメッセージ」
周囲に配慮するあまり、ハッキリと自己主張するのが苦手な人も多いでしょう。でも、「私」を主語にする「Iメッセージ」であれば、配慮しながら意見を伝えられます。
近年注目を浴びているコミュニケーション術の「アサーティブ」は、「自己主張をする」という意味がありますが、圧迫感を与えるものではありません。
人材育成コンサルティング業務などを手がける、株式会社グローバリンク代表取締役の大串亜由美氏は、アサーティブでは「『発展的』かつ『協調的』な自己主張」をすることを提唱しています。*1
「発展的」とは「次につながる」ことを目指すもの。*1
たとえば、新たなプロジェクトに関する会議で「A案ではダメです」とバッサリ否定すると対立が生じますよね。そうではなく、一緒に案を固めていくために、建設的に意見を伝え合うのです。
もうひとつの「協調的」とは、「相手に本気で関心を示し」「遠慮ではなく配慮がある」やり方です。*1
会議で「なんとなくB案もいいと思いますが……」と遠慮がちに言えば、議論は進みません。そうではなく、もし同僚が「コストの問題」を考えているなら、「コストの解決案」を最初に話す配慮をしてから、意見を述べるのが好ましいでしょう。
では、両方をかねる伝え方とは? 前出の大串氏は「『Iメッセージ』を意識」することをすすめています。
Iメッセージとは、「私」を主語にしたメッセージのこと。このIメッセージで、意見だけでなく、ときに感情も表してみます。*1
つまり、意見を述べるのみではなく、話し手である「私」の感情もセットで伝えるのです。
先ほどの会議の場面で考えてみましょう。
【主語を「あなた」にした場合】
「(あなたの)提案はコストが大幅にかかります。(あなたは)短期的に得られる収益に目を向けていますが、人件費については考えましたか?」
言葉が強く、挑発的に聞こえますね。発言した本人に他意はなくとも、「責められてる」と受け止められても無理はありません。
では「私」に変えたらどうなるのでしょうか。
【主語を「私」にした場合】
「私はコスト面が気になりますね。たしかに収益が見込めるので(私は)魅力を感じますが、人件費に関しては慎重に話し合いたいと(私は)思います」
「気になる」「魅力を感じる」「(したいと)思う」——自分の気持ちを入れながら、意見を伝えています。へりくだった印象もなく、相手も耳を貸すでしょう。
2. 伝わりにくい部下に指導するときは「あなた」が主語——「YOUメッセージ」
「あなた」を主語にするYOUメッセージは、相手を責める響きになります。とはいえ、使い道がないわけではありません。指示する場面では、主語を「あなた」にしてみましょう。
前項で挙げた、柔らかな表現になる「Iメッセージ」は、アサーティブにおいて最も推奨されるもの。しかし、Iメッセージにもデメリットがあります。公認心理師の川島達史氏は以下のように述べています。
Iメッセージは関係にヒビが入らない反面、どうしても回りくどい印象になってしまいます。*2
一方で「YOUメッセージ」は、相手を非難したり責めたりする印象もありますが、「ストレートにものが言える」メリットがあります。川島氏いわく「どちらも長所短所があるため状況に応じて使い分けていく」のが理想とのこと。*2
では、どの状況でYOUメッセージを使えばいいのでしょう? それは、伝わりにくい相手に指示する場合です。
川島氏は上手な対人関係を築くためには、メッセージを3つのレベルで伝えるのが好ましいと述べています。3つのレベルとは以下のとおり。
- 【レベル1】表情でのメッセージ:表情や声の調子で感情を伝える
- 【レベル2】言葉でのIメッセージ:理解してくれない場合、「私」を主語に言葉で伝える
- 【レベル3】YOUメッセージ:それでも伝わらない場合、「あなた」を主語に伝える *2
伝わるまで「主張の強度を上げて」いき、最終的にYOUメッセージを使って、ストレートに言います。*2
たとえば、部下に動いてもらうために「YOUメッセージ」を活用してみてはいかがでしょうか。上記をもとに段階的に伝える場面を想定しましょう。
【レベル1】
部下の対応で顧客先のクレームを受け、困った表情で部下に声をかけてみる
【レベル2】
「今回の〇〇さんの対応、正直残念です。クレームをしてきた相手は、長期的に関わっているので、私は信頼関係を損ねるのではないか、と懸念しています。もう少し丁寧に顧客の話を聞いてくれれば……」
やや、消極的な言い方ですね。それでも部下に響かなければ——。
【レベル3】
「今回の(あなたの)対応で長く築いてきた信頼が崩れる可能性があります。(あなたは)今後丁寧に対応し、問題があれば相談してください」
相手を叱責する言葉ではなく、事実と要望を率直に伝えてみましょう。指示する場面では、強い響きのほうが相手に伝わるはずです。
3. 人を動かすときは「私たち」が主語——「WEメッセージ」
チーム内のコミュニケーションを改善するために、WEメッセージは特に効果的です。会議で意見をまとめたり、同僚や部下に協力を求めたりする場合、「共通の目的をもつ仲間」であることを意識してもらうために、「私たち」を主語にしてみましょう。
もし会議で活発な議論が交わされるのなら、ひとりの意見に最初からみんなが賛成するとは考えられませんよね。「その考えは、現実的なリスクを無視していますよね?」なんて、批判的な態度を示す人もいるはず。とはいえ、「なら〇〇さんは現実的な案があるのですか?」などと言い返すのは、場を乱すだけでスマートなやり方ではありません。
立ち止まって考えれば、意見交換の目的は「理想的な案を出す」こと。そこで「私たち」を主語に話せば、意見の対立を調整することができます。
株式会社共創アカデミー代表取締であり「ファシリテーション塾」の塾長、中島崇学氏は、中立的に意見をまとめる場合「『Weメッセージ』を使う」ことをすすめています。*3
ですから、ファシリテーターはWeメッセージを使って、「いま私たちはこういうゴールを目指しています」「そのために多様な意見が出ているのです」と、参加者は敵どうしではなく「同じ船に乗っている仲間である」というのを参加者に意識づけしなければなりません。*3
「あなた」が主語なら反論になりますし、「私」が主語であれば対立している者どうしの問題になります。一方で「私たち」なら、仲間意識に働きかけるため本来の目的に戻すことができるのです。
会議の目的が「トラブル対応を考える」なら、「私たち」を主語にして以下の語りかけが考えられるでしょう。
【主語を「私たち」にする】
「私たちが最優先するのは、トラブルの根本的な原因を探すことではないでしょうか」
「私たちの目的はトラブルの再発を防ぐためです。そのためにも多様な意見が必要です」
意見が異なるとはいえ、「よりよいサービスや商品、製品を提供する」ためにチームは存在しているはずです。共通の目的を持つ仲間とお互いに意識すれば、チームの士気も上がるでしょう。
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職場での人間関係改善において、「私」「あなた」「私たち」という3つの主語の使い分けは非常に効果的です。このビジネスコミュニケーションの基本を意識することで、チームマネジメントはより円滑になり、部下指導も効果的に行なえるようになるでしょう。ぜひ、明日からの実践に活かしてみてください。
*1 STUDY HACKER|相手といい関係を築ける人は「自己主張」がうまい。「次につながる」コミュニケーションのコツとは
*2 ダイコミュ|アイメッセージとは?意味と使い方,ユーメッセージとの違い
*3 STUDY HACKER|参加者が「出てよかった」と感じる会議で、ファシリテーターが大事にしている3つのこと
青野透子
大学では経営学を専攻。科学的に効果のあるメンタル管理方法への理解が深く、マインドセット・対人関係についての執筆が得意。科学(脳科学・心理学)に基づいた勉強法への関心も強く、執筆を通して得たノウハウをもとに、勉強の習慣化に成功している。