
変化が激しく先行きが見えにくく、複雑で曖昧さもある現代については、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとって「VUCA」の時代とも言われます。ビジネスの課題の複雑さも増しているなか、コンサルタントとして国内外の企業の組織・人材開発を支援する黒川公晴さんは、これからのビジネスパーソンにとって重要な思考法として「システム思考」を推奨します。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
【プロフィール】
黒川公晴(くろかわ・きみはる)
1983年5月18日生まれ、大阪府出身。株式会社Learner's Learner代表。ミネルバ認定講師。2006年に東京外国語大学英語科を卒業後、外務省入省。2009年、米国ペンシルバニア大学で組織開発修士を取得し、外交官としてワシントンDC、イスラエル/パレスチナに駐在。2013年に帰国後は、安全保障や経済問題等さまざまな分野で政府間交渉に携わるかたわら、首相・外相の英語通訳を務める。国益と価値観がぶつかり合う前線に立つなかで、個と組織のあり方に強い関心をもち、2018年に独立。以降、コンサルタントとして国内外の企業の組織・人材開発を支援。リーダーシップ育成、ビジョン・バリュー策定、カルチャー変革、学習型組織づくり、事業開発等のサポートを行なう。2021年からは米国ミネルバと事業提携し、日本企業向けのリーダーシップ開発プログラム「Managing Complexity」を展開。自身も講師を務める。
VUCAの時代に求められる「適応型リーダーシップ」
私が代表を務める株式会社Learner's Learnerでは、米国ミネルバが開発するリーダーシップ研修を日本企業向けに展開しています。ミネルバは、「世界が必要とする知恵を育む」というミッションのもと、2011年の設立以来「高等教育の再創造」をリードしてきました。その代表的な取り組みである「ミネルバ大学」は、いまや「ハーバードよりも入学が難しい」と言われるほどです。
そのリーダーシップ研修「Managing Complexity」が掲げる最先端のリーダーシップこそ「適応型リーダーシップ」です。適応とは「人や組織、社会が変化する環境のなかでも生き残り、成果を出し続けるために自己を変容させる営み」であり、リーダーシップとは「チームや組織の目標達成に向けて、周囲に望ましい影響を与えるための力」を意味します。つまり、適応型リーダーシップとは、そのような変容プロセスを実現するために、個々人が周囲に対して発揮すべき力ということになりますし、マネジメント層だけでなくすべての組織員が実践すべきものと言えます。
また、「成果を出し続けるために変容する」とは、もう少し平たく言えば、「状況を見ながら全体像を観察して解くべき問題を自ら特定し、ビジョンと解決策を考え、まわりを巻き込んで変化を促していく力」といった表現でいい換えられます。
これからの時代、あるいはいま現在も、この適応型リーダーシップが重要になっているというのが私の考えです。なぜなら、仕事を含むさまざまな物事の複雑性が増しているからです。「VUCA」という言葉をもち出すまでもなく、かつてと比べれば、予測し得なかった出来事が次々に起こっている、あるいはビジネスの課題の複雑性が増していることはみなさんも実感しているはずですよね。
だからこそ、今後、起きるかもしれない事態をできるだけ検討し、備えを講じ、まったく予期せぬ出来事が起きても迅速に対応する力が求められるのです。

なにが起きているのかをきちんと見る「3つの目」
ミネルバ式のリーダーシップ研修では、適応型リーダーシップを18の思考習慣に分類しています。ここでは、そのなかでも最重要とされる「システム思考」について解説しましょう。
システム思考とは、会社やチーム、あるいは家族といった、事象を取り囲むあらゆるものを「システム」ととらえ、「システムのなかでいったいなにが起きているのか?」ということを丁寧に観察する思考法です。そうすることで、局所的な問題だけにとらわれるのではなく、背景にあるさまざまな要素がどう作用してこの問題につながっているのか、問題を根本的に解決するにはどこにどのようにアプローチすればいいのかが見えてくるのです。
そして、システム思考を実践するための肝と言えるのが、システムをきちんと見る「3つの目」です。
【システムをきちんと見るための3つの目】
- 鳥の目:視点を問題の外側に向ける目(ズームアウト)
- 虫の目:物事を細かく観察する目(ズームイン)
- 魚の目:過去・未来を行き来しながら見る目
「1. 鳥の目」は、ズームアウトする目のこと。目の前の問題にとらわれるのではなく、事象全体を見るのです。いま取り組んでいる仕事の問題があるとして、それだけを見るのではなく、チーム単位や部署単位、会社単位で見るような目です。
「2. 虫の目」は、逆にミクロにズームインする目のことです。仕事であればそのアウトプットだけを見るのではなく、その裏にある人やその感情、日々の働き方や家族の状態まで細かく見る目と言えます。
最後の「3. 魚の目」については、川下から川上まで自由に泳げる魚をイメージし、「過去・未来を行き来しながら見る目」と表現しています。いま目の前にある問題だけでなく、たとえば過去にはどのような問題があったのかを見る。あるいは、いま考えている策を実践すると、10か月後や10年後にはどうなっているのかといったことを見る目です。
そして、これらの3つの目を使って、実際に問題につながっているかどうかはいったん保留して、関係していそうなことはすべて洗い出していきます。そうして出てきた要素のなかからつながりや仮説を見いだし、解決策を講じるという流れです。
問題に関係しそうな要素を挙げるうち、仮説と打ち手が見えてくる
具体例を挙げるとわかりやすいかもしれません。たとえば、勤務先の企業で離職率が上がっているという問題を扱うとしましょう。近視眼的に考えると、「待遇が悪いのではないか」「そもそも部署の雰囲気が悪い」といった直線的な原因に行き着きがちです。
そうではなく、まずは鳥の目で俯瞰してみましょう。すると、給与や福利厚生の条件のほか、従業員の成長機会、キャリアパス、異動の周期、チームの連携状況、部署間の関係性、社員どうしの交流機会、マネジメントスタイル、評価方法、育成方針、業績はどうなっているかなど、たくさんの分解要素が出てくると思います。
その鳥の目を社外にも向けてみると、先に挙げたような要素は競合他社ではどうなっているのか、競合の採用条件や待遇、マーケットそのもののトレンド、離職した従業員の家族構成、職種はどうなのかなど、これまた多くの要素を洗い出せます。
続いて、虫の目でズームインして見てみます。離職者のエンゲージメントサーベイはどうだったのかということのほか、仕事中にどのような感情を抱いていたのか、日々の仕事の分量、勤続年数、部署内の人間関係、遅刻や欠勤の頻度など、個々人の行動特性にまで焦点を当てていくとたくさんの要素が挙げられます。
最後に魚の目を使うと、自社の離職率がどのような推移をたどってきているのかはもちろん、業績の推移と離職率の関係、企業文化の変遷、マーケットにおける競合の数の推移なども挙げられるでしょう。
このようにして、いったんあらゆる要素を洗い出すうち、なんとなく「これが問題ではないか」という仮説が自然と見えてきます。たとえば、「会社の評価制度に問題があり、シビアな評価をされ続ける若手社員のエンゲージメントが下がっているのではないか」「実際に若手社員にヒアリングをすると不安やおびえという感情を抱いていて、競合も増えているなかで他社からの勧誘が積極的になっているからこそ、離職しているのではないか」といった具合です。最終的にはその仮説を検証し、解決策を考えるのです。
このシステム思考に興味が湧いた人は、いきなり仕事で実践するのもいいですが、まずは家庭などの身近な問題で試してみることをおすすめします。「子どものテストの点数が下がっている」という問題を扱うなら、つい「単純に勉強時間が少ない」といった直線的な原因を考えがちですが、学校の時間割や子どもの1日のスケジュール、塾の時間、宿題の量、勉強に対する子どもの意欲や感情など、いくらでも洗い出すべき要素はあるのです。そんな身近な事象から始めてみると、システム思考の有用性を実感できると思います。

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清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
