「計画的偶発性理論」をご存知ですか? 自分のキャリアプランに従って行動すれば夢が叶うというわけではなく、キャリア形成は偶然の出来事に大きく左右される、という考え方です。
今回は、計画的偶発性理論とは何か詳しく説明したあと、計画的偶発性理論を活かす方法を紹介します。
計画的偶発性理論とは
計画的偶発性理論とは、スタンフォード大学で教鞭をとった心理学者のJ・D・クランボルツ氏らが1999年に提唱したキャリア理論です。計画的偶発性理論では、「キャリアの8割は偶発的な要素によって決まる」ことが前提。つまり、将来のキャリアデザインをいくら綿密に行ったとしても、予定通りに進むかどうかは“運しだい”だというのです。
たとえば、会社の役員に昇進することを目指して懸命に働いているとしましょう。しかし、役員として用意されているポストはごくわずか。希望通りのキャリアをつかめるのは、運に恵まれた一握りの人にすぎません。
それに、評価や昇進を決定するのは他人ですから、「印象のよさ」や「人間関係」などが大きく影響している場合があります。努力して結果を出したとしても、業績が公正に認められて昇進につながるとはかぎらないのです。
あるいは、働いたり人と出会ったりすることで興味・関心が変化し、その時点からキャリアパスが変更されることもありそう。良くも悪くも、私たちのキャリアは多くの偶発的な要素によって決定されているのです。
しかし、計画的偶発性理論は、上記のような「キャリア形成における偶発性」を認めつつ、「夢は叶わないのだから諦めろ」と諭しているわけではありません。「自分は将来、絶対こうなりたい」という1つの目標に固執して可能性を狭めてしまうのではなく、キャリアは偶然に左右されるものだと割り切り、なるべく良い偶然を引き寄せられるように努めようと提唱するのが、計画的偶発性理論なのです。
計画的偶発性理論が現代で活きる理由
多くの方にとっては、計画的偶発性理論よりも、「何年も先の計画を立てて、そのとおりにキャリアを積み上げる」という従来型のキャリア理論(キャリアアンカー理論)のほうがなじみ深いかもしれませんね。子どもの頃には「将来を見据えて今のうちから勉強しなさい」なんて親や先生から言われつづけ、就活時には10年後・20年後のキャリアをある程度考えて企業を選んだのではないでしょうか。
しかし、「10年単位でキャリア計画を立てるべき」という従来型キャリア理論が通用したのは、将来の見通しが立てやすかった20世紀までの話です。現代では、IT革新による新しい技術が次々に世の中を席巻し、刻一刻と社会は変わりつづけています。今ではスマートフォンを持つのは当たり前ですが、10年前(2009年頃)には一部の人しか持っていませんでしたよね。もちろん、メッセージアプリ「LINE」もまだなく、連絡手段はEメールが主流でした。
通信手段という点だけでも、たった10年で世の中が大きく変わったことが実感できます。とすれば、これからの10年で同じくらい大きな変化が起こったとしても不思議ではありません。
AIの専門家であるマイケル・A・オズボーン准教授(オックスフォード大学)は、2013年に発表した共著論文「雇用の未来(原題:The Future of Employment)」において、AIの発展・普及によって10年後になくなるかもしれない職業を公開しました。10年後になくなるとされた職業の中には「銀行の融資担当者」「電話オペレーター」「ホテルの受付係」など、身近な職業が数多く挙げられています。消滅の可能性を告げられた職業に就いている人・就きたいと考えていた人は、キャリアプランの変更を迫られているわけです。
今後も激しく変化を続け、キャリアプランを立てるのがますます困難になっていく現代社会。そんな現代において、計画的偶発性理論は、キャリア形成を考えるのに役立つのです。
計画的偶発性理論を活かす方法1:オープンマインドになる
計画的偶発性理論では、未来よりも「今」を大切にしています。
未来を予測できないということは、裏を返すと、いつどんな好機が巡ってくるかわからないという意味。ひょっとすれば、飲み会でたまたま出会った人が自分の運命を変えるかもしれませんし、ふだん取り組んでいる仕事がきっかけとなり、思わぬ形で今後のキャリアが拓けるかもしれません。
しかし、「自分は将来、絶対にこうなるんだ」と未来にばかり気を取られていると、目の前にあるせっかくのチャンスや出会い(セレンディピティ)に気づけなくなってしまいます。どのみち先のことがわからないならば、今この瞬間にできることを精一杯頑張り、来るべきチャンスに備えておくことこそが重要なのです。
チャンスをつかむうえで大切になるのが、「オープンマインド」というマインドセット。オープンマインドとは、さまざまな可能性に対して心を常に開いておき、物事を柔軟に捉えようとするスタンスです。「自分はこうだ」と決めつけるのではなく、周りのあらゆる物事に対して注意を向け、受け入れる心構えを常にしておくことで、チャンスに巡り合う可能性を高めることができます。
自身のキャリアプランに対しても、オープンマインドの姿勢をとりましょう。職種など具体的な点はあえて決めず、ざっくりとした方向性を考えておくくらいが好ましいといえます。
たとえば、「一流の経営コンサルタントになりたい」というような、職種を1つに絞った目標の立て方だと、偶発性に影響され、望みが叶わないかもしれません。しかし、「英語を活かす仕事がしたい」のように、ざっくりと・幅広い目標なら、職種や企業を限定せず幅広い可能性を検討できるので、望みが実現する可能性は高くなります。
×オープンマインドでないキャリアプラン:
- 経営コンサルタントとして一流になりたい。
- 今の会社で、役員まで上り詰めたい。
- 一流企業のA社に転職したい。
◎オープンマインドなキャリアプラン:
- 英語を活かす仕事がしたい。
- 年収700万円以上は稼げるようになりたい。
- 人を喜ばせるような仕事がしたい。
オープンマインドを意識し、計画的偶発性理論を味方につけてください。
計画的偶発性理論を活かす方法2:5つの行動特性を意識する
計画的偶発性理論を活かすには、5つの「行動特性」を意識しましょう。以下にご紹介する5つの行動特性を意識すれば、目の前を通り過ぎようとしているチャンスを逃さず、キャリアを好転させやすくなりますよ。
1. 好奇心
1つ目の行動特性は「好奇心」。何事にも好奇心を持ち、さまざまなことに挑戦したり多くの場所に足を運んだりすれば、それだけチャンスや出会いが増えます。休日は家に籠もってばかりいるのではなく、新しい出会いや楽しみを求めて出歩くようにするなど、小さなところから始めてみましょう。
極端な例ですが、筆者の知人には、オンラインゲームを通して出会い、仲よくなった人の会社に転職した人がいます。転機はいつどこで訪れるかわかりません。常にアンテナを張り、何にでもチャレンジしてみることが大切です。
2. 持続性
キャリアは計画できない、と散々述べてきましたが、それでも継続的な努力は大切です。「これ」と決めたものには粘り強く取り組みましょう。
たとえば、将来、英語を使った仕事に就きたいと思っているとします。しかし、「どうせキャリアは偶発的だから」と英語の鍛錬を怠っていたら、いざ「ニューヨーク支社で働ける人を急募」などのチャンスが巡ってきても、実力が足りずに好機を逃してしまいますね。
いつどんな機会が巡ってきてもいいように、自分の目標に関わる努力はコツコツと続け、力を十分に蓄えておきましょう。
3. 柔軟性
3つ目の行動特性が、オープンマインドに通じる「柔軟性」です。
こだわりや理想に固執し、視野が狭くなってしまうと、せっかく訪れたチャンスを見逃しやすくなってしまいます。目の前の出来事や新しい出会いに対し「自分には関係ない」とすぐに決めつけず、さまざまな可能性を探る心構えをもちましょう。
4. 楽観性
現状や将来に対し、ある程度楽観的なスタンスでいることも大切です。「なんとかなる」「大丈夫」とポジティブに捉えていれば、未知の世界にも恐れずに飛び込んでいくことができます。
反対に「失敗したらどうしよう」と不安がってばかりいては、積極的な行動を起こすことができないため、キャリアを好転できたかもしれない多くの機会を失ってしまいます。計画的偶発性理論においては、偶然の出会いを自ら探しにいこう、捕まえにいこうという積極性が重要なのです。
5. 冒険心
ほとんどの場合、大きなチャンスにはリスクが伴います。たとえば、満塁時に打席に立ったバッターは、ホームランを打てばヒーローになれる大チャンスを手にしています。しかし同時に、無様に三振してしまえば、観客に失望されてしまうリスクも合わせ持っているのです。
大きな仕事を任されたときにも、満塁のバッターの例と同じことがいえるでしょう。今までにないチャンスが巡ってくれば、誰でも「もし失敗したら……」と恐れずにはいられません。しかし、そこで逃げたり萎縮したりしてしまっては、せっかくのチャンスを棒に振ってしまいます。常に冒険心をもち、リスクを恐れず、何事にも果敢に飛び込んでいきましょう。
計画的偶発性理論における5つの行動特性を意識し、チャンスを逃さないようにしましょう!
計画的偶発性理論を学べる本
最後に、計画的偶発性理論についてさらに詳しく学べる本をご紹介します。
『その幸運は偶然ではないんです!』
まずは、J・D・クランボルツ氏と、キャリア教育の専門家であるA・S・レヴィン氏の共著『その幸運は偶然ではないんです!(原題:Luck Is No Accident)』(ダイヤモンド社、2005年)。上で紹介したように、クランボルツ氏は計画的偶発性理論の提唱者。つまり、『その幸運は偶然ではないんです!』は計画的偶発性理論を学ぶうえでの原典なのです。
『その幸運は偶然ではないんです!』では、偶然の出会いなどによってキャリアが好転した人たちのエピソードが紹介されたあと、計画的偶発性理論が説明されます。平易な文体・豊富な事例のおかげで大変読み進めやすいため、計画的偶発性理論をよく知りたい方はぜひ手にとってみてください。
『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』
次に紹介するのは、人事コンサルタント・海老原嗣生氏による『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』(講談社、2017年)。計画的偶発性について海老原氏が講演で語った内容が、160ページというコンパクトなボリュームに収まっています。
『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』の面白いところは、計画的偶発性理論を説明する際、タモリさんなどお笑い芸人のキャリアを例としてわかりやすく提示している点。有名な芸人さんの逸話や、売れっ子になった納得の理由なども知ることができ、楽しみながら計画的偶発性理論を理解できます。
計画的偶発性理論に興味をもった方は、ご紹介した2冊の書籍もぜひ活用してみてくださいね。
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計画的偶発性理論は、1つの凝り固まった視点でキャリアを捉えることを脱却し、より柔軟に、より広く可能性を模索することを説く理論です。「こうじゃなきゃダメなんだ」「こうならなきゃいけないんだ」という思いを強くもっている方は特に、計画的偶発性理論を学び、新たな視点を取り入れてみてはいかがでしょうか。
(参考)
BizHint|プランド・ハップンスタンス
日本の人事部|計画された偶発性理論
週刊現代|オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。