ビジネスパーソンに求められる力のひとつに、「オンとオフを切り替える能力」があります。適切に休んでこそ、しっかりとパフォーマンスを発揮できることは言うまでもありません。
ただ、スタンフォード大学のアソシエイトディレクター、アスレチックトレーナーという立場で多くのアスリートを指導する山田知生(やまだ・ともお)さんは、「どちらかと言うと『オフにする能力』をより磨いてほしい」と言います。「自律神経」を軸に、自分自身をオフにする重要性、そうするための方法を解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
「オンとオフの切り替え」のために、「自律神経」にフォーカスする
「仕事で高いパフォーマンスを発揮するためには、『オンとオフの切り替え』がポイントだ」。そんな内容を、ビジネスに関する記事や書籍のなかで目にすることも多いでしょう。これについては、私も完全に同意します。
なぜなら、人間はオンの状態のままで突っ走り続けることなどできない生き物だからです。オンのときに高いパフォーマンスを発揮するには、そうするための準備として、オフの状態でしっかりと心身を休めて整えておく必要があります。
では、どうすればオンとオフをうまく切り替えられるのでしょうか? 以前の記事では、「ドーパミン」「セロトニン」というふたつの神経伝達物質を適切に分泌させることを紹介しました(『【スタンフォード最新知見】幸福感を得てパフォーマンスを高める「脳コンディション」の整え方』参照)。今回は、「自律神経」にフォーカスしてみましょう。
有名なものですからいまさら解説の必要はないかもしれませんが、自律神経は胃腸などの消化器、肺などの呼吸器、さらには心臓など生命の維持に欠かせない臓器の活動を調整するために休むことなく働き続けている神経です。そして、私たちが自分の思い通りに心臓の拍動をコントロールできないことからもわかるように、この自律神経は自分の意志でコントロールできず、自動的に働く特性をもっています。
それから、自律神経には「交感神経」と「副交感神経」の2種類があります。身体が活動している主に日中に活発に働くのが交感神経、逆に睡眠時など主に夜間に優位に働くのが副交感神経です。
つまり、オンのときに働くのが交感神経であり、オフのときに働くのが副交感神経ということ。「オンとオフの切り替え」のために自律神経にフォーカスするのは、このためです。
「呼吸」の使い分けで自律神経をコントロールする
でも、先に「自律神経は自分の意志でコントロールできない」とお伝えしました。「そうであるなら、自律神経にアプローチしてオンとオフをうまく切り替えることなどできないのでは?」と思った人もいるかもしれませんね。
たしかに、自律神経は自分の意志ではコントロールできません。ただ、心臓の拍動を自由に操ることなどはできずとも、「交感神経と副交感神経のどちらを優位にするか」ということは、ある程度コントロールできることが近年の研究でわかってきました。
そのコントロール法のひとつが、「呼吸」です。私たちの身体は、心拍数が上がると交感神経が優位になります。また、短く速く呼吸をすると心拍数が上がります。つまり、オンの時間の、頭と身体をばっちり覚醒させて高いパフォーマンスを発揮したい「ここぞ」の場面では、短く速い呼吸をすればいいのです。
逆に、仕事を終えて休みたい、オフの状態に入りたいときにはゆっくりと呼吸し、特に吐くほうを長くすることを意識しましょう。そうすれば、交感神経に代わって副交感神経が優位になり、身体は休息モードに入ります。
「浴びる光のコントロール」で、オンとオフを切り替える
「オンとオフの切り替え」と言いましたが、いまのビジネスパーソンが置かれている状況を考えた場合、特に「オフ」を重視してもらいたいと思います。なぜなら、現代社会では、常に「緊張」を強いられていてオンの状態が長くなりがちだからです。
会社に勤める社会人であれば、まず人間関係によって緊張を強いられているでしょう。相性が悪い先輩や上司は、誰しもひとりやふたりいるものです。同僚は、もちろんお互いに協力をすることもありますが、成果をめぐって競争しなければならない相手でもあります。
しかも、目の前にはやらなければならないプロジェクト、タスクが山積している……。それらをきっちりと進めるには、たとえばプレゼンや商談といった人によっては苦手なこともこなさなければなりません。社会のなかで生きる以上、まさに緊張の連続であり、常に心臓がドキドキし続けているオンの状態にあると言えるでしょう。
だからこそ、自分自身をオフにする能力を身につけることが肝要です。そのための方法のひとつは、すでに紹介した呼吸法。加えて、「浴びる光のコントロール」も自分自身をオフにするために欠かせないものです。
私たちの身体は、日中に太陽光など強い光を浴びると交感神経が優位になって覚醒します。では、もし夜になっても強い光を浴び続けていたとしたらどうでしょう? 当然、身体は覚醒したままのため、睡眠の質は低下します。それこそ、誰もがスマホやタブレットをもっているいまは要注意。それらが発するブルーライトと呼ばれる青系の光が覚醒を促すからです。
そうではなく、オフの時間になったら部屋の明かりを暗くして、スマホやタブレットは通知を切って見ないようにしましょう。そうすれば、副交感神経が優位となって自然と身体は休息モードに入っていきます。
【山田知生さん ほかのインタビュー記事はこちら】
【スタンフォード最新知見】幸福感を得てパフォーマンスを高める「脳コンディション」の整え方
シリコンバレーの一流ビジネスパーソンに共通する、シンプルだけど重要な「2つの朝習慣」
【プロフィール】
山田知生(やまだ・ともお)
1966年生まれ、東京都出身。スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクター、同大学アスレチックトレーナー。24歳までプロスキーヤーとして活動したのち、26歳でアメリカ・ブリッジウォーター州立大学に留学し、アスレチックトレーニングを学ぶ。同大学卒業後、サンノゼ州立大学大学院でスポーツ医学とスポーツマネジメントの修士号を取得。2000年、サンタクララ大学にてアスレチックトレーナーとしてのキャリアをスタートさせ、2002年秋にスタンフォード大学のアスレチックトレーナーに就任する。スタンフォード大学スポーツ医局にて19年以上の臨床経験をもち、同大学のアスレチックトレーナーとして最も長く在籍。これまでに、野球、男子バスケットボール、男子・女子ゴルフ、男子・女子水泳チームなどを担当している。2007年にアソシエイトディレクターに就任したあとは、臨床開発でスポーツ医局に大きく貢献、同局プログラムのさらなる改革・促進に取り組んでいる。著書に『スタンフォード式 脳と体の強化書』(大和書房)、『スタンフォード式 疲れない体』(サンマーク出版)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。