強すぎる承認欲求に悩む人が多い一方、そんな苦悩とは縁がない人も存在します。
「人に認められたい……とは、特に思わないかな」
「まったく思ってないわけじゃないけど、あまり執着してないよ」
このような人、あなたの知人や同僚にいませんか? 「承認欲求が強い人」からすれば、理解しがたいと同時にうらやましくもあるもの。「承認欲求がない人」の特徴や心理を知り、承認欲求から解放されるためのヒントを探っていきましょう。
承認欲求とは
承認欲求があるかないかの話をする前に、まずは承認欲求という言葉について確認しておきましょう。
承認欲求とは「人から認められたい」という欲求。ささやかなものから壮大なものまで、さまざまな規模・種類の承認欲求があります。
- 人に嫌われたくない
- 友だちから一目置かれたい
- 会社で認められたい
- SNSでたくさん「いいね」が欲しい
- アイドルになりたい
- 大企業の社長になって世界的に評価されたい など
承認欲求が暴走すると、さまざまなトラブルにつながります。
- 仕事で認められようと頑張りすぎ、過労やうつになる
- 嫌われないよう、気を使いすぎる
- 人間関係に依存する
- 自分の優位を認めさせようと、パワハラやマウンティングをする
- 注目を集めようと問題行動を起こし、SNSで炎上する
「認めてほしい!」という欲求を満たすために不合理な行動をし、自分の不利益を招く……そんな事例は枚挙にいとまがありません。そのため、承認欲求はネガティブなイメージをもたれがちです。
しかし、承認欲求は私たち人間に備わった自然な欲求。食欲をもたない人が存在しないように、承認欲求が完全にゼロという人もまず存在しません。アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した「欲求5段階説」だと、承認欲求は5段階の上から2番めに当たる、高次な精神的欲求です。
「認めてほしい」と思うからこそ、努力して能力を磨いたり、礼儀正しく振る舞ったり、身だしなみを整えたりしますよね。人間らしい向上心や尊厳をもって生きるため、承認欲求は必要不可欠。
「いい歳して承認欲求を捨てられないなんて、恥ずかしいな……」と思う必要はまったくないのです。
「承認欲求がない人」の特徴
それではいよいよ、「承認欲求が(ほぼ)ない人」について見ていきましょう。承認欲求が弱い人には、どのような特徴があるのでしょうか?
認められたい気持ちが弱い
承認欲求が弱い人は、人からの承認をさほど望んでいません。
もちろん人間ですから、認められたりほめられたりすると嬉しいでしょう。しかし、「認められるために頑張ろう!」「どうして認めてもらえないの? 苦しい……」とまでは思いません。
この無欲さは、よいことなのでしょうか。それとも悪いことなのでしょうか?
承認欲求は成長意欲の源泉です。「認められたい」と思うからこそ高みを目指し、懸命に努力するもの。承認欲求がなければ「そこそこ」で満足してしまうため、いわゆる “ハングリー精神” が乏しい可能性があります。
しかし、「そこそこで満足するほうがいい」という考えもあるでしょう。仏教において欲は苦しみのもとであり、手放すことが良しとされています。
何かを求めれば、手に入らない苦しみも生じるもの。承認欲求がなければ、人から認められず悔しい思いもしません。「承認欲求がない」のは一長一短なのです。
嫌われることを恐れない
臨床心理学者の正木大貴氏によると、承認欲求には「賞賛獲得欲求」と「拒否回避欲求」があります。
賞賛獲得欲求:賞賛を獲得したい欲求
拒否回避欲求:拒否を回避したい欲求
「認められたい」という願望だけでなく、以下のように消極的な感情も、承認欲求なのです。
- 嫌われたくない
- バカにされたくない
- 仲間外れにされたくない
- 叱られたくない
承認欲求が弱い人は、拒否回避欲求も強くありません。他人に嫌われてもダメージを受けにくいと考えられます。落ち込んでも根にもったり引きずったりせず、「そういうこともあるか」とすぐ立ち直れるのです。
「承認欲求がない人」は、拒否されることに対して打たれ強く、人間関係のストレスを感じにくいと考えられます。
他人に振り回されない
承認欲求が強い人は、「認められたい!」「嫌われたくない……」という感情のとりこになり、他者の言動や視線に振り回される傾向があります。たとえば、以下のようになりがち。
- 嫌われるのが恐くて誘いを断れない
- 気を使いすぎて疲れる
- 上司の期待を裏切りたくないと無理しすぎる
「認められたい」という感情が先行し、自分にとって不本意・不利益な行動に流されてしまうことがあるのです。人の気持ちに配慮できるという点で長所になりえますが、程度が過ぎればあなたにとって損な生き方になってしまいます。
その点、承認欲求が弱い人には、「認められたい」という心の足かせがありません。他者の顔色をうかがいすぎることなく、「どうしたら認めてもらえるの!?」と自分を見失うこともなく。よくも悪くも常に “自分軸” で行動を選択できるのです。
寛容になれる
他人に寛容なのも、「承認欲求がない人」の美点です。
承認欲求が強すぎる人は、自分の優位性を示すため、攻撃的な態度をとってしまうことがあります。それに対し、承認欲求が弱い人は他者を押しのけてまで「自分を認めさせたい!」とは思わないため、寛容になれると考えられるのです。
「承認欲求がない人」の背景
承認欲求がない人たちは、なぜ「認められたい」という感情から自由でいられるのでしょう? 理由を理解できれば、私たちも承認欲求を手放せるはず。承認欲求が弱まる要因を見てみましょう。
承認欲求が満たされている
どんな大食漢も、満腹のときは食欲を覚えません。同様に承認欲求が満たされている人は、「認めてもらえない……」という不満を感じにくいと考えられます。
- 自分を認めてくれる、温かな人間関係に恵まれている
- 社会的に成功し、満足のいく評価を得られている
……という人は、「承認欲求がない」ように見えるのではないでしょうか。
満足ラインが低い
「承認欲求が満たされた」と感じる条件は、人それぞれ異なります。たとえば出世競争。
「何がなんでも一番にならなきゃ気が済まない!」という人もいれば、「出世なんていいから平和に暮らしたいわ」という人もいるでしょう。後者のような “満足ライン” が低い人は、承認欲求が満たされやすいため、欲求不満を感じにくいと考えられます。
病的な食欲を抑える治療法に、胃袋を切除して小さくする「スリーブ状胃切除術」があります。承認欲求についても同じかもしれません。
何十人、何百人に認められたいと高望みすると、願いが叶わず、承認欲求の飢えを感じてしまいます。「家族や友だちさえ愛してくれればいい」と悟り、“胃袋” の容量を小さくできれば、承認欲求の苦しみが減るはずです。
自己承認力が高い
精神保健福祉士の川島達史氏によると、承認欲求は「他者承認欲求」と「自己承認欲求」に分類することもできるそう。
他者承認欲求:他者から承認されたい。一般的なイメージの「承認欲求」
自己承認欲求:自分で自分を承認したい。自己満足や自尊心のようなもの
他者の気まぐれに左右される他者承認とは対照的に、 自己承認ならある程度コントロール可能。自分をほめたり認めてあげたりするのが上手な人は、「誰もほめてくれない……」という不満を感じにくいと考えられます。
「無条件の承認」を受けて育った
前出の正木氏によると、 承認欲求は親子関係に左右されうるそう。「○○という条件をクリアできたときだけ認めてあげるよ」という「条件つきの承認」で育てられると……
- 毎日ちゃんとピアノの練習をすれば、ほめてもらえる
(できないと厳しく叱られる) - 有名校に合格できれば、存在価値を認めてくれる
(合格できなければ認めてくれない) - 親の言うことを聞いているときだけ、愛情を注がれる
(そうでないときは冷たく見放される)
行きすぎれば、「親に認められないと見放されちゃう」という思考が形成されます。その結果、他者からの承認を強く欲しやすくなるのです。
反対に「無条件の承認」で育てられると、「いい子にしているときも、悪いことをしたときも、無条件にあなたを愛しているよ」というメッセージを受け取ります。「承認されてもされなくても大丈夫!」という安心感が形成され、他者からの承認にさほど執着しなくなるのです。
とはいえ、いいことをすればほめられ、悪いことをすると叱られるのは、ごく一般的ですよね。程度の差こそあれ、ほとんどの人は「条件つきの承認」をベースに育てられたことでしょう。
成長過程において “しつけ” が不可欠である以上、私たちが承認欲求という呪縛を背負ってしまうのは避けられないのかもしれません。
生まれつき
承認欲求には遺伝も関わっている可能性があります。精神科医の熊代亨氏は、性格や行動が遺伝で左右されるという学説が多いため、承認欲求にも遺伝と生育環境の両方が関係していると考えているそう。
「身もふたもない」と感じるかもしれませんが、生まれつき承認欲求を覚えにくい人もいるようです。
「承認欲求がない人」になるには
「承認欲求がない人」の背景がわかりましたね。では、承認欲求に悩んでいる人はどうすればいいのでしょう? 4つの対処法をご紹介します。
承認してくれる仲間を見つける
最もストレートな解決法は、承認欲求を満たすこと。あなたを温かく受け入れてくれる仲間・コミュニティを見つけ、密に交流しましょう。「うん、そうだよね」とあなたの話を優しく聞いてくれる仲間といれば、存在が認められている感覚をもてるはず。
前出の川島氏によると、5個以上のコミュニティに所属するのが理想だそう。あなたの所属コミュニティはいくつですか? 次の条件に合うコミュニティを挙げてみてください。
- 3人以上の集まりである
- 月に1度・1時間以上は集まる
- 会話の時間がある
家族や会社、行きつけの店などもOK。ただし、月に1度も会わなかったり、いっさい会話がなかったりするなら、家族でもカウントされません。
所属コミュニティが4個以下なら、
- 家族や友だちと会う機会を増やす
- 新しい仲間やコミュニティを探す
などを検討しましょう。
自分を無条件にほめる
無条件に自分自身をほめてあげる習慣をつけましょう。成功できたから、結果を出せたからではなく、どんな状況でも自分をほめるくせをつけると、自分自身を承認する感覚が育まれます。
無条件にほめるコツは、結果ではなく過程を評価すること。
- 結果には結びつかなかったけれど、精いっぱい努力したから悔いはない。
- ミスをしてしまったけれど、チャレンジできた自分は偉い!
- ノルマには届かなかったけれど、全力を尽くせた自分はすごい!
過程に注目すれば、いいときも悪いときも自分を承認でき、精神的な安定感を得られます。
期待値を下げる
臨床心理士の広瀬絵美氏は、「承認欲求と上手に付き合う方法」として、「期待値を低める」ことを推奨しています。
承認欲求が満足する “合格ライン” が高いほど、欲求が満たされにくく、不満が生じるもの。「営業成績の年間トップになりたい!」という目標を達成するのは非常に困難でしょうが、「年に1度くらいトップ3に入る」くらいなら達成できるかもしれません。
目標を高くすることで、やる気が生まれる場合もあるでしょう。しかし達成不可能に感じられるほど高すぎると、無力感や自己嫌悪感が生まれ、逆効果かもしれません。
どんな条件を満たせれば、あなたは「認められた」と感じられますか? その期待値は高すぎませんか? 自分と対話しつつ確認してみてください。
◆期待値を下げる例
- 営業成績の年間トップになりたい!→年に1度くらいトップ3に入れればいい
- SNSで1万件以上「いいね」が欲しい!→月に1度くらいもらえればいい
- すべての人に好かれたい!→10人に1人くらい好いてくれればいい
「嫌われる勇気」をもつ
アドラー心理学のベストセラー『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社、2013年)では、人から “嫌われる勇気” をもつことが推奨されています。『嫌われる勇気』によると、嫌われることは、承認欲求から解放され自由に生きるための “コスト” 。
「認めてほしい」
「嫌われたくない……」
これは人間の本能です。しかし本能に流されるのは、自分の意思を放棄すること。坂を転げ落ちる石ころと同様、行き先や振る舞いを自分でコントロールできない――そんな惰性的で不自由な生き方を選ぶことなのです。
自由に生きるため、時には本能に逆らい、嫌われることを覚悟して意思を貫く勇気が必要です。人が離れていってしまうかもしれませんが、そのぶん承認欲求の呪縛から解放されます。これこそ、「嫌われることは承認欲求を手放すためのコスト」という考え方です。
誰かの意見に振り回されそうになったら、「嫌われること=コスト」と思い出してみましょう。承認欲求を手放し、自分の意思を貫く勇気が湧いてくるはず。
もちろん、あえて嫌われろというわけではありません。どの程度の “嫌われる勇気” を発揮するかはTPOに合わせる必要があります。
「嫌われることを覚悟で自分を貫く」という経験を積み重ねるうち、承認欲求に振り回されないメンタルが養われますよ。
***
「承認欲求がない人」になるには、承認欲求をうまく満たす術を身につけるだけでなく、「嫌われたらどうしよう……」という恐怖心を克服することも重要です。ご紹介した方法や考え方を、承認欲求を手放す一助としてお役立てください。
(参考)
ダイレクトコミュニケーション|承認欲求が強い人の特徴,なくす方法
太田肇(2019),『「承認欲求」の呪縛』, 新潮社.
「今日からできる仕事術 『認められたい』承認欲求のメリットとデメリット」, NEWSふくおか, 2019年12月号, pp.28-29.
パークサイド日比谷クリニック|GW前後での変化~マズローの欲求5段階とは~
正木大貴(2018),「承認欲求についての心理学的考察―現代の若者とSNSとの関連から―」, 現代社会研究科論集=Contemporary society bulletin:京都女子大学大学院現代社会研究科博士後期課程研究紀要, 12号, pp.25-44.
リクナビNEXTジャーナル|【疲れた心に】インドで出家した僧侶が教える「ムダな反応」の止め方
日蓮宗ポータルサイト|この世の真理を解き明かす4つのキーワード
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【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。