
「自分の得意なことがよくわからない」「やりたくないのに、人からは向いていると言われる」。そんな状況を経験したことがある人は多いと思います。なぜ自分のことにもかかわらず、「得意なこと」はこんなにも見つけにくいのでしょうか。大学教員や企業の顧問、セミナー・講演活動などで幅広く活躍し、2025年3月に『得意なことの見つけ方 自分探しにとらわれず、すぐに行動できる技術』(KADOKAWA)を上梓した株式会社圓窓代表取締役の澤円さんは、その原因を、「得意なこと、やりたいこと、向いていないことの整理ができていないから」と語ります。「得意なこと」を見つけるための前提となる考え方と、具体的なメソッドを聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/辻本圭介 写真/石塚雅人
【プロフィール】
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンターセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、琉球大学客員教授、武蔵野大学専任教員のほかにも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行なうなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『うまく話さなくていい ビジネス会話のトリセツ』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)、『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)などがある。
- 「自分が未来にどうなりたいのか」を新しく描いていく
- 「得意なこと」 は、「やりたいこと」 「向いていること」の2軸で考える
- 「やりたくなくて向いていること」はまずやってみる
- AI時代は「テキスト処理に代替されないもの」をつくる
「自分が未来にどうなりたいのか」を新しく描いていく
自分の「得意なこと」を見つけていくときに、前提として押さえておきたいことがあります。それは、人間の歴史や社会を駆動させてきたテクノロジーの進歩は「不可逆」だということです。
たとえば、かつて洗濯機が発明されたとき、「いや、やっぱり洗濯板に戻ろう」とはなりませんでしたよね? 自動車というイノベーションが起きたときも、「いや、馬車のほうがいいよね」とはなりませんでした。もちろん、インターネットやスマートフォンも同様です。
そして、いまはAIが急速に普及し、これまで人間が行なっていた作業の多くを任せる流れができつつあります。端的に言うと、主にホワイトカラーの仕事の多くが「置き換え可能」になっていく流れは不可逆だということです。
そんな時代に、「私はむかしから〇〇が得意だから、〇〇を活かせる仕事を見つけよう」と考えることには、リスクがあります。確かに、過去の経験や出来事は、「得意なこと」を見つけるための材料にはなりえるものです。しかし、過去の枠組みにとらわれすぎると、不可逆なテクノロジーの進歩を軽視し、ひいては自分の未来も否定してしまう可能性があるのです。
あなたにとって重要なことは、あなたの過去ではなく未来にあります。過去の自分と同じような人間として、これからも生きていく必要なんてありません。つまり、「得意なこと」を見つけるというのは、「自分が未来にどうなりたいのか」を新しく描いていくということを意味するのです。

「得意なこと」 は、「やりたいこと」 「向いていること」の2軸で考える
「得意なこと」を見つけるときに手がかりになるのは、自分にとってよりわかりやすい「やりたいこと」「向いていること」という軸を活用することです。「やりたいこと」は文字通り、自分の欲求に素直にやりたいと思うことです。一方、「向いていること」とは、他者の視点でとらえた客観的な事実を指します。
「やりたい/やりたくない」を横軸に、「向いている/向いていない」を縦軸に設定したマトリクスで説明しましょう。
まず、1の「やりたくて向いていること」は、速攻でやりましょう。この領域が、あなたの「得意なこと」となる可能性が最も高いものだからです。
逆に、4の「やりたくなくて向いていないこと」は、頑張って取り組んでも、その多くが無駄になる可能性が高いと言えます。自分がハッピーになれず、周囲からもあまり喜ばれないのだから当然でしょう。僕の場合は、細かい数字の管理(経理)やスケジュール調整などがこれに該当します。
おもしろいのは、3の「やりたくて向いていないこと」だと思います。これは、趣味の領域によく見られますが、やりたいと思えているのだから、それで自分がハッピーならばOKです。たとえば、好きでバンドをやっているのに、音痴だったり演奏が下手だったりする場合を想像してもらうとわかりやすいのではないでしょうか。
ただし、ビジネスでの成果を意識するなら、やはり周囲も喜んでくれる「向いている」という視点を意識する必要があります。
ちなみに、僕が自称「ポンコツエンジニア」としてキャリアをスタートしたのは、まさにこの2の領域でした。自分では「やりたい!」と思って始めたのに、まわりからは「向いていない」と思われていたわけです。
でも、エンジニアとしての適性が低かったからこそ、IT初心者の気持ちがよくわかるという「得意なこと」の芽が生まれました。そこから発想を転換し、「ITについて初心者にわかりやすく伝える」という1の領域へ向かっていくことで、まわりに貢献できるようになったのです。

「やりたくなくて向いていること」はまずやってみる
さて、僕は多くの人が、3の「やりたくなくて向いていること」をして悩んでいるのではないかと見ています。まわりから、「向いているよ」と言われるものの、自分は「特にやりたくもない」という状態です。
こうした場合、僕は「とりあえずやってみる」という姿勢でいいと考えます。特に、仕事は他者から求められることをして貢献することですから、まずは自分が向いていることで、求められることに応えるのが、ビジネスパーソンとしてのトッププライオリティです。
「やりたくないのに?」と思われるかもしれません。でも、その気持ちにも、横軸・中央寄りの「あまり興味がない」から、横軸・左寄りの「どうしてもやりたくない」まで、気持ちの濃淡があるはずです。そこで、メンタルの不調さえなければ、まずは妥協してやってみるのはありだと思います。
僕はかつて、ITコンサルタントからプリセールスへ異動したとき、セールスに興味がなく、「やりたくない」と感じていました。でも、まわりは「向いている」と思っていた。そこで、しばらく続けていると、ただ商品を売るだけのセールスではなく、ITについて相手に噛み砕いて説明し、納得感をもって買っていただくという自分だけの仕事をつくることができました。
重要なのは、他者からの「向いているよ」「やってみたら?」「ありがとう」という言葉です。自分の「やりたいこと」にこだわりすぎず、他者のレコメンドや賛辞の言葉に素直になってみる。そうして3の領域で行動を続けていれば、やがて1の領域へ移っていくチャンスにも出会いやすくなるのです。

AI時代は「テキスト処理に代替されないもの」をつくる
先に、AI時代には、主にホワイトカラーの仕事の多くが「置き換え可能」になっていくとお伝えしました。これは、いわば「得意なこと」が代替されていくということです。
そこで、今後はAIが得意とする「テキスト処理」に代替されないものをつくる行動がポイントになるでしょう。そのためには、「行く」「触る」「話す」「描く」といった、人間ならではの行動によって、いつもの自分に “ゆらぎ” を与えていく方法がおすすめです。
その結果、たとえば「触る」はケア・コミュニケーション領域の仕事につながるかもしれませんし、「話す」は「AIではなく私が話す」という自覚につながります。同じ情報でも、「誰が話すか」という点に価値が生まれるのです。
このように、大切なのは「私がやることに意味がある」という、置き換え可能ではないものにアップデートしていく強い意思をもつことです。そんな自分への期待値を高めながら、実際に手足を動かし、試行錯誤を繰り返していくことで、AI時代にも揺るがない「得意なこと」に近づいていけるはずです。

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